カテゴリー「14.青年海外協力隊」の4件の記事

2009年6月20日 (土)

県と市への表敬訪問~出発&帰国ボランティアの交流その1~

昨日19日は県と市への表敬訪問でした。

mhkのように今から出発するJICAボランティアと2年の任期を終えて帰国されたボランティアは県、市へ表敬訪問をするのです。

違う職種であれ、別の時期に行く者、同じ時期に行くけど別の国に行く者、みなそれぞれ違うのですが、初めて会った人達なのに、やはり志が同じなのか一緒にお話をすると心地よいです。

mhkにとって感動する出会いがありました。
一つはネパールから帰国されたシニア海外ボランティアの方とお会いできたことです。素敵な女性でした。毎日16時間停電する中で活動されて、毎日が異文化理解でしたと言われていました。1年前からシニア海外ボランティアも青年海外協力隊と同じカリキュラムの語学訓練を受けるのですが、彼女の時はまだシニアの訓練期間は短かったのです。

要請では『英語だけでいいですよ。』と言われていたそうですが、それでは活動ができないとJICAからもらっているお金を使ってネパール語を勉強されていたそうです。そして、ネパールの伝統楽器のサランギを持ってこられていました。現地で習われたそうです。バイオリンの原型ともいえるのでしょうね、木をくりぬいてできた弦楽器でした。

Sarangi












少しだけ披露していただいたのですが、とても、優しい音色でした。mhkは3年半前にネパールへの青年海外協力隊派遣に合格した後、腎癌が見つかり派遣中止となりました。だから、ネパールと聞くと心にぐっとくるものがあります。この表敬訪問でネパールで活動されたシニア海外ボランティアの方とお会いできて、サランギの音色を聞かせていただき、本当に何よりのエールをもらった気がします。

表敬訪問では、まだまだ素敵な出会いがあったのですが、その話はまた今度!

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2009年4月 8日 (水)

JICA日系社会ボランティア派遣前訓練スタート!in JICA横浜

本日H.21.4.8から日系社会ボランティアの派遣前訓練がスタートしました。合計59日間です。

今日は朝9:30集合でした。mhkのように遠方から来る人は前泊していますが、そうじゃない人は今日移動だったのです。

まず、最初にJICAとの合意書締結から始まります。締結するにあたって、午前中はこのボランティア制度、待遇のことなどが詳しくJICAの方から説明を受けました。十分合意書の内容を理解した上で午後署名をするという流れだったのです。

で、その説明をしにこられたJICAの方ですが、お顔に見覚えがある方でした。

実は2006年の短期の協力隊で大連に派遣された時の国担当の方でした。その時中国に派遣されるのがmhk一人だったので、指しでブリーフィングをしていただきました。そして、帰国報告会もこの方に対して行いました。

ネパール派遣が中止になった後、とても落ち込んで、その後短期という形ではあったけど、協力隊派遣が初めて実現した時の担当の方だったのでmhkはよく覚えていたのですが、ご挨拶したらmhkのことを覚えてくださっていました。

『長期(派遣)が実現したんですねぇ。あの後も何度か受けられているのを知ってたんですよ。だめだったのをみて、ああ、また健康問題かな。もったいないなって思ってたんですよ。』と言ってくださいました。

合格不合格は、他の受験者との比較の問題で、最終的な判断は実施部門ですから、その結果については受け入れるしかありません。でも、短期の協力隊派遣で行っただけのmhkのことを覚えてくださっていて、ちょっと気にかけてくださったのはうれしかったです。

昨日の友人との再会と同様、うれしい再会でした!

今日の写真は、この記事とは関係ありません。mhkの自宅の近くにある水路の土手の桜がちょうどアーチのようになっていて、とても好きなポイントです。横浜に出てくるときは既に葉桜でした。この写真を撮った時は『ああ、しばらくはこの桜の花がこんな風に咲いているところは見られないなぁ~』って思いながらシャッターを押したのでした。でも、きっと再会できますよねぇ~。

Sakura

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2009年2月24日 (火)

腎癌と海外ボランティア~その足跡~

もともと理系のmhkは、ちょっとしたきっかけで日本語教育の方に興味を引かれ、日本語教師要請講座を受講し、日本語教育能力検定資格を取得、オーストラリア、メルボルンへ!

帰国後、1年働き学費を貯めて、社会人入学で日本語教育の大学院へ。

修士2年生の時・・・・
2004年 JICA 青年海外協力隊 秋募集(2年) 一次選考通過後二次選考で不合格

修士修了後に働きながら再び挑戦
2005年 JICA 青年海外協力隊 春募集(2年)8月に合格 17年度3次隊 派遣国:ネパール

2005年11月末 退職
退職の前日にたまたま受けた派遣けんぽの健診で腹部エコー検査で右腎臓精査要
その日のうちに別の病院でCT検査 →右腎腫瘤と診断(放射線科で説明、泌尿器科受診要と)
2005年12月1日 泌尿器科で 右腎細胞癌と診断
2005年12月20日 右腎摘出術(腹腔鏡補助か下による)
2005年12月28日 JICA顧問医師の判断によりネパール派遣中止
2005年12月29日 退院

2006年7月 JICA青年海外協力隊 短期ボランティアに応募 8月合格
2006年9月~2007年1月 中国 大連に派遣

派遣中にmhkは青年海外協力隊の対象年齢からシニア海外ボランティアの対象年齢へ。

2007年3月JICA短期シニア海外ボランティア(任地:トンガ)に応募、
   面接後、要請不適もしくは競合で不合格
2007年JICA シニア海外ボランティア 春募集 『既往症腎癌』を理由に6月一次不合格
2008年3月JICA 短期シニア海外ボランティア(任地:シリア)に応募
   面接後 要請には不合格登録予定派遣に。
2008年5月~7月外務省プログラム 日本文化発信プログラム(任地:東欧4カ国 2年)に応募
   『既往症腎癌』を理由に一次不合格

2008年JICA 日系社会シニア・ボランティア(2年)に応募 2009年2月18日合格
 任地:ブラジル サンパウロ州 ソロカバ市

以下、長期の日系社会シニア・ボランティアと併願した短期ボランティア
2008年11月JICA 短期シニア海外ボランティア(任地:ベトナム、スリランカ)
  面接後、 要請には不合格登録予定派遣に。
2009年1月JICA 短期シニア海外ボランティア(任地:ヨルダン)
 面接不要と通知、選考結果:技術面の不足による不合格

さて、さて、まぁ~よくめげずに受けたね。これが技量不足を指摘されただけで不合格なら方向性をもちょっと考えたけど、腎癌術後に受けた長期派遣のJICAボランティアについては2回続けて『既往症の腎癌』を理由に一次選考不合格。

じゃあ、二次選考に進んでいたらどう評価されたのだろう~。それを知らないうちには諦められる心境じゃなかった。二次選考でNGとされたら、少し方向性を変えようかなって思った矢先、日系社会シニア・ボランティアの一次選考に通過。それが2008年12月9日のこと。

そして2009年2月3日に二次選考試験に臨み、2月18日に合格通知

不合格の文字がいくつあるの?改めて物好きなmhkさんらしぃねぇ~。

強運なことに、ネパール派遣が決まる半年前の16年度秋募集の青年海外協力隊に不合格なのです。この時、社会人入学の大学院在学中でした。これに合格していたら、青年海外協力隊の応募のための健診には腹部エコー検査はないので、当然腎癌はみつかってなかったでしょう。尿検査、血液検査では異常値がでていなくてエコー検査をしていなければ腎癌は見つからなかった

この16年度秋募集に不合格だったからこそ、大学院修士課程を修了後に一度働く必要ができて、派遣社員として半年契約の仕事に就きながら再び17年度春募集の青年海外協力隊に応募したのです。働いた際に所属した派遣けんぽが提供していた健診メニューを選んだらクリニックで当初予約しなかった腹部エコーのメニューを勝手に追加されて、それで腎癌が発覚。エコーでも見つかるにしても最小の大きさだったそうです。詳しくはコチラ

mhkは16年度秋募集の青年海外協力隊に不合格だったからこそ、今を生きているのかもしれません。不合格は次へのチャンスをもたらすものでもあるのです。

そしてね、青年海外協力隊の応募用健診の検査項目には腹部エコー検査はなかったのですが、ネパール派遣が決まった後、ふとネパールに派遣されている間に40歳になるな、通常会社に所属していると40歳には胃カメラ等の詳しい健診は受けるし、38歳だったけど、派遣けんぽで安く健診を受けられるメニューがあるなら派遣前に受診しておくか!って思い立ったのが健診を受けた動機でした。

青年海外協力隊は長期派遣が実現しなかったmhkですが、今生きているのは青年海外協力隊のおかげでもあるのです。

人間、何がチャンスをもたらすかわかりません。そのことを教えられた3年間、苦しいこともあったけど、決して無駄ではない3年だったのです。

そして、その3年を無駄にしないように与えられたチャンスを活かせるように精進したいと思います。

失敗は成功の母

このコトバは決して負け組の負け惜しみではありません。何が失敗で、何が成功か、それを簡単に決められるほど人生は単純ではないのです。もっとも、mhkは勝ち組、負け組というコトバも好きではありませんが。人間を2種類に分けてしまうなんて不可能ですもの!また、分けてはいけないと思います。

 

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2008年12月20日 (土)

術後3年記念日に大連の協力隊員OBと再会!

3年前の今日、mhkは腹腔鏡補助下における右腎摘出術を受けました。無事に生きています。そして、この記念日に、腎癌によって派遣中止になったネパール派遣が実現していれば協力隊同期となった筈で、そして派遣中止になった後に受けなおした大連への短期派遣の協力隊員として同じ時期に大連で働いた『じゅんじゅん』と再会を果たしました。

日本で会ったのは初めてで、なんだか不思議で、こそばい感じでした。帰国後じゅんじゅんは結婚して同じ街の住民となりました。

今日はランチをご一緒しました。楽しかった&懐かしかった&おいしかったです。

この日のランチはこの建物の13Fのレストラン。じゅんじゅんと別れた後、自分の街のクリスマスのイルミ撮影にトライしたのですが、この写真もその時写しました。

Ims













頑張り屋さんのじゅんじゅんの活躍ぶりを聞かせてもらって、自分も頑張るぞって思いました!再会ってホントに素敵な出来事ですね。

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