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2007年5月24日 (木)

メモリアル-腎細胞癌発見11-入院生活 術後1-

2005年12月20日 2cmの腫瘤ができた右腎臓摘出手術無事終了

本人は全身麻酔で全く覚えがない。局部麻酔で手術経験ある妹の話では局部麻酔だと自分の内臓が引っ張られるのも感じるから嫌なもんだよって言ってたっけ。

全身麻酔だとお世話になった人のことが全くわからない。
オペ室担当の看護師、麻酔科医には術日の前日に挨拶に病室まで来られただけ。今回は担当の麻酔科医は説明来られず、代理の麻酔科医の方だったしね。

当日手術室に向かう前に痲酔される時に担当の麻酔科医に会ったけど、手術衣に大きなマスク姿じゃ全く容貌はわからない・・・。

泌尿器科の執刀医だけは外来診察で話をするから、手術前も手術後もずっと会うのだけど、他のスタッフの人とは、ほぼ面識がないままである。術前、術中、術後とずっとmhkの命を守ってくれている人たちなんだけど、お世話になっている当人は眠って知らないからね。

2005年12月21日(水)
手術翌日である。
経過観察室(ナースステーションの隣にある)で目が覚めた時には同じ日に手術した人も一緒。でも、他の人はわりに軽い手術だったらしく、すぐにジャッジアップ(ベッドの傾けて、上半身を起こす)して、朝食タイム。歯磨きタイム。もうガスが出たんだろうね。

mhkはジャッジアップもまだ、ぐったり~。ガスも出ないから水も飲めない。手術中腸の動きを止めているから、ガスが出て、腸が動き出したことが確認されてから初めて水が飲める。絶飲食がまだ続いているわけ。← 点滴入れているから飲み食いできないのは全く辛くない。

寝たまま歯磨きだけさせてもらった。

起きた状態のmhkは背中に硬膜外麻酔のカテーテルが指し込めれて、お尻には尿管、お腹は傷3つ。その一つにドレーンチューブ(廃液管)がくっついている。

立ってトイレに行くまでは尿管はとってもらえない。硬膜外痲酔は全身麻酔が切れた時の痛みを和らげるために少しずつ硬膜外痲酔が入った小さなボトルからカテーテル経由で少しずつ身体に痲酔が入ってくるのだ。

まだガスは出ないからお腹がちょっと張っている感じで気持ちが悪いし、なんだか、ぐったり。チューブなどはついた状態のまま 経過観察室からそのまま病室にベッドごと移動してもらった。

そのうち妹一家がお見舞いに来てくれた。妹は次の週の月曜日に出産のために入院予定。最後の外来診察だったので、ついでに寄ってくれたのだ。当時4歳の姪 はクリスマスカードを画用紙に描いてきてくれた。『めりくりすます。はやくよくなってね。○○より』と書いて、自分がサンタの扮装をしている絵とNHKの BSキャラの『ななみちゃん』の絵が描いてあった。

しばらくして看護師さんが来て、ジャッジアップしてくれる。上半身を起こすのだ。今は手術翌日からジャッジアップして、立ち上がって歩くように言われ る。癒着を防ぐため。以前の卵巣嚢腫の手術の時は傷も小さく、経過観察室でジャッジアップして、即立ち上がり、歩けたので、すぐに尿管も外してもらえたけ どね。。。今回はそういうわけにはいかなさそ・・・。

妹一家が帰った後しばらくして母が来た。上半身起こした状態でいたら、しばらくはよかったんだけど、だんだん背中の辺りを締め付けられるような気がして、息が苦しくなる。お腹が張ってくる気がして気分が悪くなる。でも、母がいる間はちょっと我慢してた。手術は4時間かかったらしく、随分心配かけて、母も疲れただろうし、手術の翌日具合が悪い様子見たら帰れなくなるかなぁと思ってね。だとだんだん我慢できなくなったので、『昨日手術で疲れてるし、もう眠りたいから、帰って。』と母に頼む。話す元気もなくなったので。母が帰ると即ナースコール。

看護師さんが来てくれたので、ベッドを平らにしてもらう。平らにしてもらっても息が苦しいのが治らない。気持ちが悪い・・・。(どうしたんだろ~2年前の手術の時は何ともなかったのに)

もうジャッジアップで身体を起こす元気がない。お腹張って気持ち悪いので、またナースコール。『息が苦しい。』と訴える。担当医が来てくれた。

担当医がmhkのお腹を何度か押さえてみて、『張ってないよ。確かにまだ腸は動いてないね。』 ベッドは平らなのに息が苦しくて我慢ができなくなる。苦しいから眠れない。ぼぉっとしてきて、『苦しい、気持ち悪い・・・』と呻いてたみたい。

その後はあんまり覚えてないんだけど、同室の人が廊下歩いてたら、『痩せているから肺気胸起こしているかもしれない・・・。』と言っているのが聞こえて、振り向いたらmhkの担当医の大きな独り言だったそうな。廊下歩きながら・・・。

しばらくしたら、ポータブルのレントゲンの装置が病室に運ばれてきたって言ってた。

mhkは息苦しくてぼぉっとしてたら担当医と放射線技師さんが来て、ポータブルのレントゲン装置が運ばれて胸のレントゲンを撮られた。

しばらくして担当医が来て、『放射線科の先生と一緒にレントゲン写真見たけど、肺気胸はおこしてませんでした。』と説明してくれて、まだくっついているドレインチューブが押していて、それで息苦しいかもしれないから、少しチューブを引っ張って、奥に差し込んでいるのを少し浅めにしてみると言われた。

担当医がピンセットでドレインチューブをつまんで、
『痛くはないけど、引っ張る時ちょっと気持ち悪いですよ。(← そんなこと何でわかるの?それって語尾に”って前の患者が言ってました”が付くんじゃないの?弱々しく心の中でつっこみをいれるmhk)』
と言った。次に、
『はい、ちょっと気持ち悪いですよ。我慢してね。引っ張ります。』
と言いながらチューブを少しだけ引っ張ってくれた。

処置してもらったにもかかわらず症状は変わらず、まだ苦しむmhkの様子に念のためとも1度ポータブルのレントゲン装置が運ばれてきた。結果は同じ。

そうしているうちに時計が目に入ってきた。夜8:00過ぎてた。母が帰ったのが夕方そんなに遅い時間じゃなかった。その後から随分mhkの病室付近はバタバタしてたようだ。看護師さんは交代制だけど、医師は違うもんね。患者に付き合うのが医師の仕事とはいえ、激務だなぁとぼぉっとした頭で考えた。

夜はあんまり眠れなかったけど、肺気胸おこしてないことがわかって、体の中でよくないことが起きているわけじゃなさそうだったし、何より、苦し いと訴えた時に医師と看護師がすぐ対処してくれるとわかって、ここの医療スタッフにお任せしておけば安心と思えた。

翌朝、つまり12月22日(木)も胸が苦しかった。お腹が張って気持ち悪い。先生がお腹に触れて、『お腹張ってないよ。』と。でも息が吸いにくいことを訴えると『う~ん。あなたにとってはお腹が張っているのね。』と言って、ちょっと考え込んでた。

ところで、全身麻酔が切れた後傷の痛みが激しくなるのを防ぐため、そこで手術前に硬膜外麻酔用のカテーテル(硬膜外カテーテル)をあらかじめおなかの傷に効くような位置(背中のどっか)に挿入してあるの。全身麻酔が終了して も、すぐに硬膜外麻酔の局所麻酔薬を硬膜外カテーテルから投与し、麻酔から覚めても傷の痛みを少なくできるわけ。

それは少しずつ投与されるらしいのだけど、術後の翌日、胸が苦しくて痛くて具合が悪いと騒いでいるうちになくなりそうだと看護師さんに言われた。これ以上痛くなったら我慢できないから追加してくれるようにお願いして、担当医もいいと言われたので、追加してもらった。
← これが運命の分かれ道とはその時はわからなかった・・・。

その話はまた後日!

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