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2007年5月26日 (土)

メモリアル-腎細胞癌発見12-入院生活 術後2-

術後2日目 2005年12月22日(木)

相変わらずガスは出ない。腸がまだ動いていない。
看護師さんがやってきて、少しジャッジアップしてみましょうかと言ってくれるのだけど、体を起こすと息が苦しくなるし、気分が悪くなるからと断る。

今は手術の後癒着が起こるのを防ぐため、すぐ歩くように言われる。卵巣嚢腫の手術の時なんか手術n翌日には歩いてたもの。同室の人も術後看護師さんに歩くように言われてた。『歩かないと、よくなりませんよぉ~』って。

手術翌日に同室の人の担当医が病室に来たのだけど、mhkにも『どんどん歩いてね。歩いたらよくなるからね。』と言われた。同室の人の担当医は翌週帝王切開で出産予定の妹の担当医でもある。

わかってはいるけど、体を起こすと背中の方を締め付けられるようで息苦しくて無理・・・。

担当医やってくる。横で看護師さんと話しているのが耳に入る。
担当医:おしっこの管(尿管)を抜いたら、とにかくトイレまでは歩かないといけないよな。
看護師:(無言)
担当医:あ、無理か。ジャッジアップもまだだったんだな。
担当医:はい。

体横たえたまま聞いてたけど、先生の話変じゃない?苦しくて体起こせないのに、尿管抜いてトイレまで歩かせようなんて・・・。でも、会話からこの手術の後2日目になっても歩いてないことが問題だと医師、看護師が考えていることだけはわかった。(← 横で聞いてた同室の人も後で笑ってた・・・先生結構むちゃくちゃ言ってたねぇって)

その後で担当医が手術の時は頭を下にして、反った状態で寝かされていたという話をmhkにして、病室を後にした。(← なんの話の流れでそういう話が出たかは、よく覚えてない。何しろ息が苦しくて、ぼぉ~っとしてたので・・・)

しばらくして、自分の体に少し変化があることに気が付く。手術の傷の痛みは和らいできていて、痛みの範囲が少し狭くなってたのだ。

今まではお腹から背中も全体的に痛くて、どこがどう痛いかわからなかったんだけど、ふと手術の傷の痛みの範囲が狭くなってきたことで、息する時に締め付けられるように痛んでいるトコがわかったのだ。

あっ、硬膜外痲酔のチューブが入っている背中の部分に押されて息をするたびに痛んでいる~! すると病室を後にする前に担当医が言われたコトバを思い出した。

術中、頭を下にして反った状態で寝かされてた・・・・。

それでピンと来た。腰痛だ・・・。

前にも書いたけど、11月の初めに職場でぎっくり腰になり、痛み止め飲んで胃を悪くし、ネパール派遣が目の前で胃が悪いままだとまずいと胃カメラ飲むのが目的で受けた健診で間違えられて予約してなかった腹部エコー検査を勝手に追加されて見つかった腎臓の腫瘤・・・。

ぎっくり腰は安静にしてたから健診を受ける頃には随分よくなり、それでも入院するまではコルセットをつけていた。入院する頃に随分回復したとはいえ、うつぶせに寝ることはまだできなかった。体が反るからね。ぎっくり腰になった当初は体を丸めて横にならないと寝られなかったのが、入院前には仰向けになることはできるようになってた。

入院前に他の病気はないかという問診を書かされたけど、『腰痛はあるけど、殆ど回復した』と書いた。入院後は手術のこと、退院後にネパール派遣が実現するかが気にかかってたから腰痛のことはコロっと忘れてたよ。

術前は殆どよくなってたけど、手術で頭下にして体が反った状態で4時間だから、腰がまた悪くなってたんだね。術後は手術の傷も痛むし、お腹も背中も全体的に痛むから、何に起因して痛むかわからなかった。

入院前の問診も腰痛としかかいてなくて、ぎっくり腰になった話はかいてなかったので当然担当医もわからない・・・。

しかも!
ホントは術後1日でボトルの中の硬膜外痲酔はなくなるから、背中のチューブを取ってもらえる筈が、この痛みがさらに激しくなったら耐えられない!!!とご丁寧にmhkは自分で追加してもらうようにお願いしたのだ・・・。そのため術後2日目も背中に硬膜外痲酔のチューブがついてて、それが腰痛の箇所を押していて息するたびに苦しかったわけ・・・。

担当医が術中の体の状態の話をした時に即気づけば、先生にそう話してチューブを外してもらえたのに、頭がぼぉ~っとしてて、鈍くなっているため、先生が病室を出てしばらくして、気づいたのだ。

早速ナースコール!
看護師さんに説明しようと試みる。
mhk:背中のチューブが痛いみたいなので、外してください。
看護師:え、これ痲酔だから抜くと、また痛くなりますよ。
mhkが腰痛のことを説明しようと試みるが、看護師さん、『まだ痛いですね。我慢してね。』と言ってさっさと病室を後にしてしまった。

涙じんわり・・話を聞いてぇ~!!!
そういえば先生がレントゲン撮って異常なしだったと説明した後『精神的なもんかもしれないな。』と呟いてたな・・・。

次に看護師交代になって検温、血圧測定の際にもチューブを外すように頼むけど、やっぱり同じ答え。

その次の看護師交代の時も同じ・・・。ああ、硬膜外痲酔って24時間かけて少しずつ体に入る仕組み・・・1日我慢しないといけないのかぁ・・・。

息をするたびに痛むので長く話すと苦しくなるの。なので、なかなか看護師さんにもうまく説明できず、話の途中で『チューブとると痛くなる』と言われて去ってしまう・・・。

もう、諦めかけた夕方。担当医と看護師登場。
mhkいじけモードでぐったり・・。
すると、看護師が『先生、背中のチューブを痛がってとってもらいたがるんですけど・・・。』と先生に言ってくれた。
先生、あっさり『ああ、いいよ。』
mhkの顔には看護師さんと先生が観音様みたいに見えた~。(← 裸眼視力0.1ないから病室で寝ている時は眼鏡もコンタクトもなしで顔は見えんのだけどね。)

外してもらったら、ああ、息ができたぁ~!!!!やったぁ~!!やっぱり、腰痛だった、このチューブが原因だったのねぇ!!!

看護師も医師も病室を後にしたところで、チューブとってもらってスッキリしたmhkはベッドが平らなまま腕の力で(お腹に力入れると手術の傷がまだ痛いからね)体を起こした。

同室の人びっくり!!!
『大丈夫?』
だって、息できなかったのは腰痛とチューブのせい、手術の傷は順調に回復してたんだもん!

さらに、体を起こした後はベッドを降りて、立つことに成功。

しっかし、尿管がくっついてたので、ぐるぐる巻きになっちゃった・・・身動きとれない。

ナースコール
『すみませ~ん。チューブに絡まって身動きとれなくなりましたぁ~』

看護師さんが飛んできてくれて、尿管をはずしてくれる。さっきまでジャッジアップしても気分が悪くなってたのに、ジャッジアップすっ飛ばして立っちゃったもんだから看護師さんもビックリ。

看護師さんが『よかった。先生もびっくりされますよ。』

というわけで、手術12月20日、2日後の22日に無事に尿管も外れ、歩けるようになりました!相変わらずガスは出なくて、腸は動かないので、絶飲食だけどね。

手術自体は順調に処置され、その後の回復も実は順調・・・腎癌発見のキッカケになったギックリ腰が原因で術後の経過が悪いと勘違いしてたんだね。

入院する場合は、関係ないと思っても、きちんと医師に説明しておかないと駄目ね・・・。ギックリ腰のこと説明してたら、こんな勘違いはなかったかもぉ~と反省。人騒がせな患者・・・。なんかキッカケもなく担当医にはとうとう腰痛で具合が悪かったって話せないまま・・・。

先生、看護師さん、放射線技師さん、ご迷惑おかけしました。すみません~。

と心で謝ったmhkだった。

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