カテゴリー

« メモリアル-腎細胞癌発見1-38歳で見つかった癌 | トップページ | メモリアル-腎細胞癌発見3-転移はなかった- »

2007年5月 5日 (土)

メモリアル-腎細胞癌発見2-ネパールに行けるのか、行けないのか?

今日は子供の日。動物病院勤務の妹が1歳児と6歳児を派遣してきました。動物病院も競争厳し いらしく、祝日も開けているんですね。今日は半日。明日は福岡市内の獣医師会に入っている病院間で回している当番医ということで、終日だそうです。土曜も 半日だから娘2人かかえて妹はたくましく頑張ってます~。妹はmhkにとっては青年海外協力隊の先輩です。彼女はパラグアイ(南米のくに)に2年ちょっと獣医師として派遣されていました。

本日は午前中だったので、午後1時半頃にはおチビちゃん達帰りました。

さて、思い出話の続き:

2005年11月末に仕事辞めて12月東京研修、1月~3月長野の駒ヶ根訓練所で訓練、3月末にネパール カトマンズへ~と希望に燃えてた時、東京研修に行く2週間前に思いがけず健診(←それも自主的に行ってみた・・・)に引っかかり、精査で腎癌にビンゴ!

11月29日 腹部エコー検査 + 造影剤を用いたCT検査で泌尿器科受診要と放射線科医に言われる。
11月30日 会社退職日(ネパールに向かってまっしぐら~の筈が気が重いまま送別会をしてもらう)
12月1日 無職になって、ネパール派遣への準備一直線~の筈が泌尿器科 初診

初診にして『腎細胞癌』、治療として右腎臓摘出手術をその月の13日か20日に行うよう調整していると説明を受ける。他の臓器への転移がある場合は別の科での治療が必要だが、転移の有無に限らず右腎臓摘出手術は必要とのこと。転移の有無と腎機能の検査を翌日の12月2日(金)と翌週の5日(月)に行い、全ての検査データが揃ったところで治療方針を決めるので5日(月)の午後の診察にはなるべく家族と一緒に来るように指示される。

12月2日(金)
この日はRIで腎機能の検査。右腎臓摘出するわけだが、残った左の腎臓が働くかどうかをチェックするってことらしい。2時間前に静脈注射を打たれ(すっごく痛かった)、お水を飲まされた。多分測定まで2時間くらい待っていないといけなかったと思う。ちゃんと腎臓が機能しているか(多分血流とか排泄の情報じゃないかと・・・)をカメラで追っていくみたいな検査でした。

月曜の検査データが揃わないと治療方針が決まらないので、その日診察はなしで、そのままは検査終わったらそのまま帰っていいと言われていた。

癌と言われて一晩たって、少し落ち着いたmhkは、最も気になる術後にネパール行けるのかどうかってことをはっきり知りたいと考え、意を決して、泌尿器科の看護師さんに先生にお聞きしたいことがあると申し出てみた。検査終了後声をかけるように言われる。

RI検査:
注射して、お水飲んで、腎臓機能の検査が開始。20分くらいのものだったと思う。なるべく動かないようにと言われる。腕は頭の方に万歳スタイル。ん?何だか腕が痒い・・・。そろ~っ見てみると・・・大きな蚊がとまっている。冬だぞ!!!何で蚊が!!!しかもデカイ。だんだん痒みが酷くなっている。。蚊がいなくなった後痒い~!!でも今動いたら・・・やり直し?いやだぁ~あの痛い注射も1回だなんて・・。もう我慢できない~!!って時に、検査技師の方を大声で呼ぶ。『すみません~。蚊がに刺されてもう我慢できません!!!』(恥ずかしかったけど、死ぬほど痒かったの)

検査技師さんきてくれて、『あ、随分腫れていますね。カメラは下からだからもう片方の手を頭の上から回されて掻いても構いませんよ。』(そうさせてもらいました・・・。)

無事検査終了後、腕見たのだけど、かなり腫れがひどかった。腫れがひくまで1週間かかった。ホントに蚊だったのかは謎。何の虫?

検査終わって、検査技師に『こんな真冬に何で蚊がいるんですか?』って聞いてみたら、『ここの病院の建物随分古いから虫いるんですよねぇ・・・』という答えが返ってきた。

病院暖かいから医師、看護師、検査技師って冬でもわりに半袖のままの人多いよねぇ冷え込みきつい時だけは半袖の診察服に白衣羽織っていることもあるけど・・・。あんなに肌露出して虫に刺されないのかしら???って思いながらRI室を後にしたmhkであった。(この病院のスタッフは免疫できてんのかなぁ・・・因みに入院中、術後の経過の検査でもmhkはよくの病院で虫に刺されたよ。)

検査終わって、泌尿器科の担当医のお話を伺いに行く。
診察室に入っていくと、先生がマスクしていた。そういえば、前日はちょっと軽く咳をされていたっけ・・・。と見るけど、mhk前日先生の顔を全く見てなかったみたい・・・。いや、目を向けて話したと思うけど、その先生が眼鏡かけていたか、丸顔かどうか、背が高いかとか・・・どんな顔だったのか全く覚えていなかった。男の先生だということは覚えていたけど、その日に全く違う先生が診察室に座っていても気が付かなかったと思う・・・。やっぱり癌だと言われた時、ネパールに行けないかもしれない!と目の前が真っ暗になってショック受けたからかなぁ。

先生の印象は貫禄のある、あんまり無駄口は話さない、でも、尋ねたことにはわかりやすく答えてくれる感じ。あんまり笑った印象なかったので、ネパールに行くことになってるって言い出したら、何を寝ぼけたコトを!と怒られるかなぁと心配だった。でも、mhkにとっては一生の問題。意を決して話し出した。

mhk:あの~実は3月から青年海外協力隊でネパールに行くことになっているんですが、、行くことは可能でしょうか。(先生の反応が怖い・・・)
先生:え、ネパール?何をしに行くの?
mhk:日本語教師です。
先生:大学で?
mhk:いいえ、大学じゃないのですが、成人教育です。
先生:日本語を教えるくらいならいいですよ。どのくらい行かれるのですか。
mhk:2年です。
先生:2年・・・腹腔鏡補助下の手術で入院は10日で済むので20日に手術で、あ、ごめんなさい13日か20日で調整してたけど、どうも20日になりそうです。退院後は普通の日常生活に戻れます。仕事もしていいし、家事もできます。ただ再発のチェクを術後せめて1年に1回は見た方がいい。だから2年行きっぱなしっていうのはドクターストップをかけるほどじゃないけど、医者として双手をあげて(両手を挙げるジェスチャー)賛成というわけにはいかない。でも、これはあなたの人生だからね。あなたが決めなさい。で、いつ行くんだっけ?
mhk:ネパール派遣は3月なんですけど、1月6日から3月まで訓練が国内であるんです。訓練終了後1週間くらいしてから渡航になると思います。その訓練はジョギングとかもあるんですけど、転移がなかったと仮定して、その訓練を受けることは支障ないですか?
先生:まぁ小さい(腫瘤が)からねlぇ。転移はないと思うけど・・・。

mhk:→ 何もいわなかったけど・・・これを聞いて希望が出てくる。(専門医から見ても腎臓の2cmの腫瘤って小さいんだ。転移がほぼないだろうって予想できるくらいなんだ!)
先生:(カレンダーを見ながら・・・)20日が術日だと退院は29日くらいか。ドレーンチューブ(排液管のこと)を抜くのが最後になるから、それを抜いた跡は退院後も絆創膏貼っているね。1月6日から訓練だったら、その頃くらいまでは消毒しているかな。でも、消毒液あげるから可能ですよ。ああ、ジョギングしても大丈夫ですよ。

まぁ、要は小さい腫瘤だし、はっきりしたことは術後の組織検査結果を見て、mhkの癌が『顔付きのよい癌か顔付きの悪い癌か』(←先生の表現・・・進行性のあるモノかどうかってコトだと思う)がわかった後じゃないと言えないけど、入院は10日で済むし、要は再発のチェック、経過観察が必要だって以外は完全な健康体になるんだなってコトみたい。そういうわけで担当医の先生が積極的にネパール行きに大賛成とは言えなくても、行ってはならないというほどではないわけね。

それ聞いて、青年海外協力隊を派遣しているJICA国際協力機構が最終的にどう判断するかはわからないけど、担当医の先生の判断ではmhkは途上国になんか絶対行ってはならない身体になるわけじゃないんだってことだ。そうわかっただけでも、随分気が楽に。『癌』って名前ついているけど、その程度の段階なんだね。

mhkが受けた右腎臓摘出手術は腹腔鏡補助下の手術。(九大医学部泌尿器科学分野のwebのトピックスを参考に)
これはL字型に切って執刀医が直視しながら執刀する開腹手術と違って、おへその上を直線に7cm切って、そこに先生の手が入り、密閉し、横に小さく切った箇所から器具やカメラのポートを入れ、モニターで見ながら手術するらしい。最後に腎臓を取り出す時にその密閉した箇所を使うらしい。。。その説明する時に先生が手を入れる動作をされたんだけど(mhkの目の前の空中でね)、その動作って妙に生々しいの・・・。執刀医本人がそうすると何だか・・ああ、mhkのお腹にこの先生の手が・・・この手が入るのかぁって思っちゃってね。その先生ちょっと毛深いというか、手の甲に随分長い毛が・・・・。(う!この手がか!先生の手の毛が私のお腹に何本か残りそう~。あ、素手じゃないか、手袋はするか・・・。)

先生が親切に丁寧に説明してくださっているのに、そんなことを、ついつい考えてしまった罰当たりなmhkです。やっぱり癌と告知されたことって何らかのショックは受けてたんだろうな。今考えると、mhkの心の反応?は変・・・。ついでに、その時、もう1つ思ったのは・・・(外科医ってお腹切る話を美容師が髪の毛を切るみたいに普通~に話すんだなぁ。そういえば、医の『師』は美容の『師』と同じか・・・いや教の『師』も同じ字だ。。。mhkは日本語教師)

そういうわけで、癌告知から2日目は少し明るくなって病院から戻ったわけ。ただ転移の有無の検査が翌週の月曜12月5日だったので、その結果を知るまでは両親には話せなかった。多分転移はないって先生には言われたけど、確実に転移は無いとわかった後で両親に話そうと思ったの。

« メモリアル-腎細胞癌発見1-38歳で見つかった癌 | トップページ | メモリアル-腎細胞癌発見3-転移はなかった- »

01.メモリアル-腎細胞癌-」カテゴリの記事

トラックバック

« メモリアル-腎細胞癌発見1-38歳で見つかった癌 | トップページ | メモリアル-腎細胞癌発見3-転移はなかった- »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

世界時計

フォト
無料ブログはココログ