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2007年5月10日 (木)

メモリアル-腎細胞癌発見5-医師の家族への説明-

さてさて、今日は高校の同級生と夕食をご一緒します。楽しみです!
彼女は18年間お勤めした役所を辞めて、タイの企業へ転職されます。
高校の時から、いつも前向きで楽しい、そしてお洒落心があって、素敵な友達!
彼女の新しい出発です。こういう友達の姿を見ると、自分も今からまだまだ頑張ろうという気持ちになれます!

昨日お仕事エントリーしていた派遣会社の担当さんから電話がありました。DTPの仕事ですが、現在の選考状況と採用になった場合の職場環境の説明などを詳しくしてくださいました。まだ書類選考の前段階だというのに丁寧な対応です。これはハローワーク経由でエントリーした仕事ではありません。ハローワーク経由でエントリーした仕事2つのうち1つは不採用のお知らせが来ました。(もう1社はまだ返事待ち)経理経験が必要と要件にあったのに、それでもエントリーしてみた分で妥当な結果です。他にエントリーした人が経理経験ありますよと最初から言われていましたし。でも、不採用のお知らせも迅速にしていただき、とても好印象を持った派遣会社でした。昨日電話があった派遣会社と同じトコ。

仕事ってタイミングですからね。でも、不採用になるにしろ採用になるにしろ、この派遣会社の担当の方の対応は仕事をしていく上で見習っていきたいなぁと思いました。

で、思い出話の続きです。

2005年12月12日(月)
午前中は術前の検査。耳の部分をちょこっとだけ切って、血が止まるまでどのくらい時間がかかるかとか、血液検査。

検査終了後、午後に泌尿器科の待合い室に行ったら両親が来ていた。本日は担当医の先生から両親に説明をしていただくのだ。

これ結構ドキドキ・・もうmhkがわかっていることは全て話してあるけど、さて、ネパール行きのことを両親にどう説明されるか、両親がどう受け取るかってことが気になって仕方ない。

呼ばれて、3人で診察室へ。看護師さんが両親の分の椅子も準備してくれる。みんな着席。ふと見上げると、先生の後ろに若い男性。かしこまって立っている。医師・・・かな?若手の医師か研修医か。目があうと会釈している。(の人どなた???
でも、担当医は何も言わない。ふむ、癌の家族への説明の様子を見学させたのかな?見学くらいいいけど、この若い人がmhkの手術中も何かするんかね。見学ならいいけど、頼むから半径2m以内には近づかないでくれ・・・等と考えているmhk。(そりゃ、どんなベテラン医師でも初めての手術はやってきたんだろうが、患者の立場としては優秀な人材を育てる余裕ないもん。)

家に帰った後、母が『あの若い奴はなんね?(← おいおい、かあさん、『呼ばわりかい!!』ってmhkに聞いてきた。知らんがな~。『手術中に何も触らんように言うとかな。』(さすが親子、似たようなコト考えてたんだな・・・。そんなこと言えますかいな・・・。)

担当医が一通り、mhkに以前したとおりの説明をCT写真を示しながら両親にしてくれる。心なしmhkにした説明より、ゆっくりとしたペースで丁寧だ。(これは67歳の父と63歳の母に配慮したのかな?それとも見学者?がいたから模範的な説明をと心がけたのかな?等とmhk自身にとっては目新しい話じゃないから暇なもんでそんなことを考えていた・・・罰当たり!)

たまたま受けた健診で見つかったこと、右腎臓摘出するけど、片方だけになっても日常生活は困らないこと、腎臓1個の一流のスポーツ選手もいること等です。

さて、一通り説明した後・・・担当医がmhkの方を見て、

担当医:で、ネパールだっけ?
mhk:はい。(ここでちょっと感動したmhk。ネパールに派遣されることになったって話したのは1回だけ、でも、ちゃんと正しく『ネパール』と国の名前を間違えず先生は言われたのだ。仕事辞める前に仕事先で話した時は、いつのまにか『ペルー』になってた。何度『mhkさん、ペルーに行くんだって?』と言われたか・・・ペルー南米! ネパールアジアじゃ!! 国の名前を間違えなかったのはこの先生だけだった。この先生はちゃんと患者の話を聞いてくれているんだなと感動する。そう、患者って病気を告知されて気分沈んじゃっている時って医師や看護師の、こんな些細な対応についても敏感になっているのだな・・・。)

担当医:本人は3月からネパールに行くと言ってますが・・・。
母:はい。
担当医:術後日常生活を送ることは可能ですから、日本語を教えるくらいのことは支障ありません。でも、外国で生活環境が変わりますから無理はいけません。でも、最後は本人の希望ですから。家族とよく話し合って決めてください。いや、結局最後は本人ですね。
両親:はい。

mhkは両親にも先生がネパール行きを否定することを言われなかったことでほっと一安心。さて、ここからが正念場。

mhk:あの、JICAの健康管理センターの顧問医師が最終的な決定をするのですが、その際に、術後の診断書の提出が必要だそうです。手術した後、組織検査の結果はいつ頃でますか。
担当医:早くて27日。28日頃かな。
mhk:その結果が出た後、診断書を書いてもらえますか。JICAが28日で御用納めで、訓練開始が1月6日なので、28日には診断書が必要だそうです。
担当医:わかりました。また、後で言ってね。

これで、両親への説明が終わった。JICAに提出する診断書も書いてもらえるコトになったし、一安心。

帰宅後も両親がネパール派遣は無理だというようなことも言わなかったしね。

この時のmhkの心境は、JICAは派遣を許可してくらないんじゃないかと思っていた。健康問題には慎重だというJICAの姿勢は知っていたので。何とか、そのJICAを説得したいと思う気持ちもあったけどね。でも、この時医師が何が何でもネパール行きなんてとんでもないという態度を示さなかったことは自分自身の病気が、癌とはいえ初期だったので、ホントに取っちゃったらそれで健康体になれる!という確信をmhk自身に与えてくれたと思う。

それは両親も同じだったんじゃないかな。両親も多分ネパール行かない方がいいとは思っていたんだろうけどね。mhkが辛いだろうと、行かない方がいいというような否定的な意見は手術前も術後も一切口にしなかった。

さて、医師による両親への説明という気になるイベントが終わった後のmhkの心境だが・・・
両親の反応が心配だったので、ずっと気になってたが、それが無事に終わると今度は心境としては『狐につままれた気分』という表現が一番ぴったりだろうか。

何しろエコー検査でしか検出できなかった病気である。血尿なし、尿タンパク無し、血液検査で腎臓機能の異常も見られない。どこにも身体の不調なし。具合が悪いのは腰痛だけだ・・・。

癌だよって言われても『ホントにmhkのこと?ホントに切っちゃうの?右腎臓ってあと8日後の20日にホントに取っちゃうの?』という思いが今度は体中に駆けめぐりだしたのだ。

まだ38年しか働いていないくせに、mhkの右腎臓とられちゃうんだねぇ・・・。

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