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2007年5月14日 (月)

メモリアル-腎細胞癌発見8-告知された直後-

2005年11月29日の健診の腹部エコーで精査要と言われ、その足でCT検査に向かったが、待ち時間の間京都の会社の元同僚の1人に携帯メールを送った。

mhk   :腹部エコーで腎臓なんか引っかかったからCT検査。
元同僚:石(=結石)かね?
mhk  :2cmくらいやて。
元同僚:2・・,2cmやて?!

そう。普通結石ってエコーの段階でわかるよねぇ。でも、クリニックの院長は『石』だなんて一言も言わなかった。それに、よく聞く結石ってmmの単位のような・・・7cmの臓器に2cmの石があって自覚症状ないってことはなさそ~。しかもクリニックの院長は、はっきりと『腫瘤』って言ったしなぁ~。

放射線科の医師にも『腫瘤があるから泌尿器科診察要』と言われ、帰宅後ネットで調べて、何となく腎臓癌の臭いを感じ取る。でも、『癌』と声に出すと現実になる気がして誰にも言えない。

その夜、高校の同級生の産婦人科医にメール。

mhk  :腹部エコーで腎臓引っかかり、CT検査したら2cmくらいの何かがあるけど水とかじゃないらしい。12月1日に○○病院の泌尿器科を受診予定。○○病院の泌尿器科って評判どうですか。
同級生:病院と縁が切れませんか(← その年の初めにノロウイルスで入院したしね)腎臓は身体を支える大事な臓器なので、症状がないうちに見つかってラッキーと思いましょう。○○病院の泌尿器科は周辺の病院のレベルと遜色ないようです。泌尿器科は横の連携がしっかりしていて、難しい症例でも別の病院の先生がカンファレンスなどで関わってくれるようです。

このメールを受け取って、○○病院の泌尿器科にお任せしておけばいいやって考える。このメール今読み直して見たけど、同級生の医師へのメールでも『腎臓に何かあって・・・水とかじゃない』って書いている。ネットの検索ではキーワードに『腫瘤、腎臓』ってinputしたけど、メールには、その現実が怖くて、どうしても『腫瘤』って書きたくなかったんだだなぁ・・・。クリニックの院長にも放射線科医にも『腫瘤』って言われたのにね。

11月30日は勤めていた会社の最終日。仕事が終わった後mhkの送別会。みなさんに花束もらって、『ネパールいってらっしゃ~い。』と言われる。(ホントは病院行きになりそうなんだが・・・。)

12月1日 ○○病院の泌尿器科であっさり腎細胞癌と告知

告知後検査待ちの間に元同僚と高校の同級生と大学の同級生に病名をメール。

医師の同級生から返信:
ショッキングな話です。見たて違いであってほしいものです。人のために働くことは尊いことですが、今は自分の身体を大事にしなさいってことなんでしょうね?がんは治る時代です。とは言ってもきついよね?

検査終わってから帰宅途中涙もようやく止まって街中に出てきて、はたと気づく。

医師の高校の同級生以外、携帯メールで、わりとアクセスいい筈なのに、返信が来てない。あや~、いかん!ビックリしたのと、どう返信していいのか困っているんだ!!!悪かったなぁ~。

さすが医師である高校の同級生は治る癌だとすぐ理解できるし、大きなインパクトはなかっただろう。それでも、とても言葉を選んで気を遣っているメールの文面。(← 気を遣わせてごめんねぇ・・・)一般人に『癌になりました』なんて携帯メール送るなんて迷惑だよね・・・そのくらい気付よと自分に突っ込みを入れる。

で、仕事中でもわりと電話取ってくれる元同僚に、すぐ電話した。
元同僚:どう返信しようかと迷ってた・・・。
mhk  :手術したら治るから。(← ホント迷惑な奴・・・)

ここで、初めて医師以外の人と自分の癌のコトで話をしたわけ。そうすると少しだけスッとした気がして、落ち着きを取り戻しつつある自分に気が付く。元同僚とは12月10日に大阪の第二言語習得研究会に行く際に元職場のみんなと会う段取りを頼んでいたので話しておきたかったのだ。

帰宅途中、高校の同級生の医師に携帯からメール。『もう大丈夫。ものすごい巡り合わせで病気が見つかったんだ。自分は運がいい』というような意味合いのメールだったと思う。

返信は
ものは考えようです。見つかるべき時に見つかったんだと思いましょう。でも、本当にもの凄い巡り合わせだと思いますよ。僕から見ても。(← これはぎっくり腰の痛みで痛み止め飲み過ぎて、それが胃にきて胃の回復があまりにも遅いため胃カメラが目的で健診予約。予約受付間違いで胃カメラプラス腹部エコー検査を勝手に付け加えられて腎臓の腫瘤が発見されたことを指している。)

気持ちが前向きになったところで、がんセンターのHPを紹介しておきます。http://www.ncc.go.jp/jp/です。敵を知り、己を知れば・・・・です。参考までに。

このアドレスはCT検査後に帰宅した時に検索して読んでいたサイトだったが、この励ましも嬉しかった。

帰宅後、両親には言えなかったので、まだ検査がかかるとだけ告げる。
近所に住んでいるお婆さんがお風呂で倒れて(心筋梗塞かなんか)そのまま亡くなったとかで母は斎場にお通夜に出かけるとこ。父も別の用事で出かける。

で、mhkは1人で夕飯。

よかった・・・。旧友とのメール、電話で随分落ち着いたとはいえ、食欲なかったのだ。両親と食事を一緒にせずに済んでちょっとほっとした。残していると心配されるからご飯は少なめによそったけど、おかずは全部食べる。味がしない。食べているうちに涙がぼろぼろこぼれてきた。両親いたらおいしそうに楽しそうに食べなきゃいけなかったし、涙を寝るまで我慢しなきゃいけなかったよ。泣いた方がスッキリするものだ。

その後母が帰ってくる前、日本語教育の研究会を一緒にしている大学の先生に電話。12月にその研究会のメンバーの希望者対象にレクチャーをすることを引き受けていたし、一緒に大阪である第二言語習得研究会に行くことになってた先生。

後で聞いた話だけど、『ぼく、あの時冷静でした?実は私癌ですって言われて、かなパニクり、どう言えばいいか頭フル回転でした。。。』(← ホントにすみません。ご迷惑かけました・・・。)

研究会の他のメンバーには手術が終わって本当のことをmhkから連絡するけど、とりあえず体調不良で中止と連絡することを告げた。あと、先生の教え子になるmhkの大学院の後輩からメールで研究のデータ処理に関する相談受けてたけど、今の状態で冷静にアドバイスする自信がないから、返信はしない。体調不良だということを、それとなく伝えて欲しいと話した。レクチャーのドタキャンだけだったら、この先生にも体調不良とだけ言うつもりだったけど、前回の11月のレクチャーの時に、いつでも相談にのるよって話した後輩に相談にのってあげられそうになかったので、本当の病名をこの先生だけには告げたわけ。

その後で大学の同級生に電話。東京在住で、12月16日から1週間東京であるJICA青年海外協力隊の日本語教師対象の技術補完研修出席の時に会おうねって言ってたし、昼間癌告知直後に携帯メール送ってたから・・・。

電話したら、少し口ごもってた。やっぱり、いきなり『癌になった』なんて癌告知直後にメールもらってビックリしてた。(当たり前だが)

電話をもらった方はいい迷惑だったのだが、2人の旧友と日本語教育で一緒の活動をしている先生の3人に電話で話したことで、少しスッキリしたと思う。

あと、高校の同級生の医師にメールの返信をもらったことも、とても心強かった。安心して初診で訪れた病院に全てを任すことを決めることができたし。両親に話さないといけない時の両親を安心させる材料になることだったから。

癌告知後、携帯メール送った3人の旧友と大学の先生はみなさん男性だ。多分術前に女性の友達にメールしたら、過剰反応されるかもしれないと思ったのだ。癌告知後の少々冷静さを欠いた時点でも、mhkにはその判断力は残ってたようだ。

家族には転移がないとわかって治療方針が決まった12月5日に話した。

その前に話を聞いてもらった4人のみなさん、あの時は大変お世話になりました!今でも感謝しています。



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