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2007年6月13日 (水)

メモリアル-腎細胞癌発見15-入院生活 術後5-

2005年12月25日(日)
右腎臓摘出手術を受けて5日目にお食事スタート。クリスマスイブにようやくガスが通ったのでね。

お食事始めたけど看護師さんの勘違いで、流動食スタートが三分がゆスタートとなり、腸には優しくないお食事スタート。

1度ガスが申し訳程度に通ったとはいっても、やっぱり腸の動きはあんまりよくなくて、お腹に空気が溜まっているようないやな感じ。点滴の量が少なくなり、点滴の針を抜いている時間も多くなったので、身軽な時はなるべく病院の廊下を歩き回って、腸よ、動け!!!早く回復してネパール行ってやる!!!と頑張ってみたが、なかなか元気にならないmhkの腸~。

そうそう、術後何日かガスが通らなくて苦しんでた時、息苦しくてたまらなかったんだけど、その原因となってた腰痛と背中の硬膜外麻酔のチューブのことにまだ気が付いてなかった。原因がわからないから不安で、上半身を起こすのが辛くて、べそかいてた時、担当医がすぐ来てくれて、いろいろ処置してくれたんだけど、その時に担当医が言った言葉にはっとした。

担当医:こういうね、大きい手術をした時はね、手術の間腸の動きを止めているから、手術の後、なかなか腸が動き出さないことがあるよ。

mhk:(え~!!!! わたし大きな手術をしたのぉ~!!!!???だって、癌告知の時も手術の説明の時も、まるで美容師が髪の毛切るみたいに、当たり前に話してたじゃないのぉ~先生は!!!)← 無言だが、心の中で絶叫~。

以前の卵巣嚢腫の手術では手術時間40分で、腹腔鏡下の手術で傷は5mm、入院期間1週間。傷口も小さいから術後翌日に尿管もとってもらい、歩き回り、腹筋もokだったほど元気いっぱいだったmhk

腎癌で右腎臓摘出の手術の説明で、同じ腹腔鏡の手術、傷は7cmで、ちょっと前と比べると大きいなって思ったけど、入院期間も10日程度って言ってたし、検査入院もなく、なぁ~んだ、前の入院より3日長いだけだぁ~って軽~い気持ちだった。
とにかく、早く回復して、JICAにネパール派遣中止にならないようにアピールしなくっちゃ!!!って思ってた。

が、実際は・・・というと、今回は手術時間4時間だったから、腸の動きが止まっている時間が長かったし、、術後は随分お腹の張りで気持ち悪かった・・・。それでも、簡単な手術したんだとしか思ってなかったmhk・・・もちろん、腎臓は片方取っても比較的体に負担がかからない(も1個の腎臓が正常なら)臓器だから、決して難しい手術というわけじゃないけどね。

でも、手術後に担当医から『大きな手術を受けた後はね・・・』と言われて初めて、あ、私、大きな手術受けたんだぁ~って思った。← のんきすぎ???

それくらい術前は先生にお任せしておけば安心!と信頼できたわけで、JICAにネパール派遣を取り消しされるかどうかという不安はいっぱいで、随分悲しくて泣いたけど、手術自体に不安を感じたことは入院前はなかったのだ。(以前書いた、手術日の朝、看護師長に『やっぱり不安よねぇ~』って肩抱かれて言われた時にちょと不安がよぎったけど、それまでは全く!)

そういうわけで、mhkは大きな手術をしたんだな、ちょっとくらい腸が動き出すの遅くても仕方ないのね、異常なことが起こっている、回復が遅れているわけじゃないんだなと担当医のお言葉を聞いて、ベッドに横たわったまま納得したmhkだった。

お腹の張りがあって、苦しかったとはいえ、手術の傷の痛みは日にち薬とはよく言ったもので、どんどん回復して、順調だった。

最初に三分がゆでスタートしたから、ちょっとお腹がまたきつくなり、五分がゆのあと七歩がゆにするのはやめてもらって、五分がゆを続けてもらったりしたけど、ちゃんとよくなっているって感じだった。

同室の女性が25日に退院して、翌日26日から別の女性が入院。新しい同室の人は年齢がmhkより3歳くらい下だった。福岡市内の大学の事務をやっている人だった。病名は卵巣嚢腫。以前mhkがやった手術と同じ。婦人科の患者さん。彼女の担当医は女医さん。

普段は一人暮らしらしいけど、佐賀からお母さんが福岡市内に泊まって入院中通ってこられていた。腹腔鏡下の手術だし、それほどきつくない手術だし、良性と思われる物だから緊急を要さないのだけど、本人が婦人科系の病気になったってことで、ものすご~くナーバスになり、年明けてからなんて悠長なこと言ってられない!!どうしても年内に手術をってことで、随分押し迫って入院してきたのだ。

なんか見てて痛々しいくらい不安そうだった・・・。以前同じ手術をこの病院でしたんですよぉ、この病院は婦人科は有名だし、実績あるからお任せしておいたら大丈夫ですよぉって言ったらお母さんも本人も安心されていたよ。← この方たちの反応見ながら我が身ののんきさを顧みるmhkであった。

さて、お腹が多少苦しいとは言ってもクリスマスからお食事スタートし、俄然心はネパールへ!!!先生に診断書書いて~と診察の度にアピールを始めるmhkだった。

3連休だったというのに担当医は毎日病室に来られた。結局12月19日~29日までの入院期間は毎日担当医はmhkの病室に来られていた。術後息苦しくて随分騒いだっていうのもあったのかも・・・。

先生、あの時はお世話になりました。ホントに感謝してます。大きい手術してもらったことも術後しばらくたって先生がおっしゃるまで気が付きませんでした・・・けど。



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