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2007年6月の14件の投稿

2007年6月30日 (土)

福岡JSL研究会 ピッツバーグ大学の白井恭弘先生が来られます!

福岡を拠点として日本語教育に関わっているメンバーで作っている研究会『福岡JSL研究会』(2004年2月発足)で、今年度の特別講義として、ピッツバーグ大学白井恭弘先生をお呼びします。

詳しくは福岡JSLのwebサイトでご覧ください。このサイトは、いつも、このブログの右端にリンクを貼っております。

因みに、このサイトはmhkが作っております。トップページのflashに使っている写真は写真が趣味の友人からもらったものです。もちろん使用には許可を取っています。まだカメラは練習中で、こんな素敵な風景写真は撮ったことありません・・・。ま、上手になった頃に海外派遣を実現させます~。(← まだ言うか!!!)

日本語教育に興味がおありの方、福岡近辺の方、是非いらっしゃてください!

しばらく派遣社員しながらも日本語教育と関わる活動は続けていき、海外派遣をめざしますよ~!

mini AQUAつけてみましたぁ~

一昨日、福岡は日中33℃でした。雨も少なめな福岡梅雨なのに、かあっと暑い日が多いですね。

気分だけでも涼しく・・・とブログの中にmini AQUA を付けました。左のBlogPetの下のトコで熱帯魚が泳いでおります。読み込んだ時によって泳いでいる熱帯魚の種類が違いますよ。

aqua って、水、溶液の意味ですよね。元はラテン語。この響き好きです。化学式で、反応に大量の水が必要な場合は  + aq. って書くけど、これを習った高校生の時に初めて意識したコトバです。

水が関係する英単語には、aquaが付いているものがたくさん!

aquarium 水槽、水族館
aquamarine アクアマリン 
Aquarius みずがめ座 

因みにmhkはみずがめ座です。

ブログを訪れてくれるみなさんがちょこっとでも涼しい気分を味わってくれるといいなぁ~と思います。 ← 寒い国から見てくれる人も居るかしら? 南半球とか・・・ま、その人は熱帯魚で暑さを感じてください。

pc環境によってはshockwaveをインストールしてくださいと表示が出ているかもしれません。(mhkのpc環境ではIE ver.6、Netscape ver.7では、すぐ見られたのですが、FireFox ver.1.5とOpera ver.9ではshockwaveをインストールするまで見られませんでした。)





2007年6月27日 (水)

福岡城のお濠端とおうちの庭の花

先週はシニア海外ボランティアの一次選考で既往症の腎癌を理由に不合格となり、精神的にきつかったです。ネパール派遣中止以降の当面の目標だったからね。シニア海外ボランティア長期派遣が実現したら、そこで腎癌を克服したと自分の気持ちに整理がつくと思ってたので。

でも、がっかりして、しょんぼりして、気分がぐぐぅ~っと急降下したのだけど、自分がすばらしい医療サービスを受けられたことを改めて知りました。22日(金)に病院に行って、社会復帰に対して心強いサポートをしてくださる主治医のコトバのおかげで心は穏やかになったのです。

そこで、ちょっと前に新聞で見かけた福岡城のお濠端の蓮の花が開花したというニュースのことを思い出し、23日(土)にデジ一眼を抱えて、お濠端に行ってみました。

まだ開花した蓮の花が少なく、道端から遠いぃ~~蓮に限って開花していると感じるのはは気のせい?!

望遠レンズを持っていないので、可能な限りお濠の縁のとこに足をかけて近づく。
蓮の茎にトンボ君が止まっているので、ぱちり!お濠の中でカメ君がゆったり泳いでいるのをパチリ!

お濠の縁に足をかけながら、落ちないように慎重に慎重にトンボ君が近づいてくれるのを待ってた。さすがに水があるとトンボ君はたくさんいるので、うまい具合に近づいてきてくれてパチリ!

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大濠公園の池のカモ君は人慣れしているので撮影に望遠レンズは必要なかったです。近くまで向こうから寄ってきてくれます。カメさん、池のなかでの~んびり泳いでいる。なんかいいなぁ~。このペースは癒されます。

お濠の全体を写すと、あれぇ、どこに蓮の花があるのぉ?って感じですが、時々ピンクの蓮の花が開いています。mhkは蕾も好きです。蕾って青々とした感じがいいなぁ~みずみずしい花の生命力を一身に静かに輝かせているようです。

黄色い睡蓮の花は結構たくさん咲いてます。上から3番目の真ん中の樹木はナンキンハゼです。紅葉の季節もいいのですが、この時期の葉っぱも昔からお気に入り。自然界にある緑の色は濃い、深い緑も薄い緑も黄緑も全ていいですよねぇ・・・そこにみずみずしい生命力をみなぎらせているものねぇ。

上から3番目の右端はヤマモモです。大濠公園にはたくさん植えてあって、実がいっぱい落ちていて、地面を歩いていると足で踏んじゃうので、酸っぱい香りがきつかった~。

ちょっと疲れたけれど、外に出てみて、気分も晴れました!やっぱり植物や生き物はいいですね。

24日(日)はおうちの庭のお花をちょっと撮ってみました。接写リングを使って近付いて撮影。これはオートじゃなくてマニュアルでピントを合わせます。

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左からハナキリン、ワイルドストロベリー、右端のお花の名前はわかりませんが、アリさんがいます。ハナキリンは近づいて写していますが、全体像はこんな花です。http://www.yonemura.co.jp/zukan/zukan-k/naiyou/hanakirin1.htm

よく見かける花でしょう?mhkはこれをぐっと近づけて撮るのが好きなんです。お花にぐっとカメラを近づけて撮ると、なんだか別世界みたいです。お花の世話をしている母に見せても、何だか自分の庭の花じゃないみたい!ってよく言われます。

気分最悪だった先週でした。でも、主治医のコトバに勇気づけられ、さらに福岡城と自分のおうちのお花や生き物の生命力の輝きでパワーアップした週末でした!

望遠レンズほしいなぁ~。でも、三脚運ぶだけ根性はないから一脚買おうかなぁ~。(三脚は持っている・・・大学時代はバードウォッチングが趣味で、望遠鏡と三脚担いで双眼鏡を首からかけて歩きまわってたからねぇ~今はその根性はないなぁ~。)

ヒマラヤを写すつもりで買ったデジ一眼を使って福岡の風景を写しております!!いつか海外派遣が実現した時には任地でこのデジ一眼を使うため、今のうちに福岡で写真の練習をしているmhkです!← そう、あきらめてなんかいないのだ!!!写真って難しくて、なかなか思ったように風景を切り取ることができないですねぇ・・・。上手になった頃にきっと海外派遣が叶うのさ!

一次選考不合格後、主治医を訪れて

JICAのシニア海外ボランティア平成19年度春募集の一次選考結果:不合格 既往症の腎癌のため

この通知を受けとって、大ショックだった。

2005年の青年海外協力隊春募集に合格して3月からネパール、カトマンズへ日本語教師として派遣されることが決まったのに、腎癌が発覚して、派遣中止。

その際のJICA顧問医師の判断ではシニア海外ボランティアの長期派遣(=2年派遣)なら派遣可能ということだった。

その後、39歳で青年海外協力隊短期派遣で4ヶ月中国大連市に派遣が実現、帰国後、今年の3月にシニア海外ボランティア短期派遣(8ヶ月トンガ)にエントリーした。

その結果は一次選考はパスし、二次選考の後不合格だった。理由は一次競合または要請不適・・つまり、技術、健康面では合格レベルに達しているが、他の応募者との競争の結果、不合格となったのだ。

そのトンガの要請内容はボランティアの中ではかなりレベルが高い業務で、ダメもとでエントリーしたので、不合格は仕方ないと思った。それより、不合格理由が健康問題でなかったことが非常に嬉しかった。、技術、健康面では合格レベルに達しているが・・・である。

これは本当にうれしかった。ネパール派遣中止決定後、随分苦しい思いをした。大連短期派遣実現までにはJICAの顧問医師に主治医の診断書を2度も提出しなければならなかった。

そのためシニアのトンガ短期派遣の結果を見て、長かったが、ようやく腎癌の呪縛から解き放たれたと感じることができた。これで安心してシニアの長期派遣の春募集にエントリーできる!と思い、長期派遣の選考は時間もかかるので、しばらく働こうと4月の終わりから仕事を探し、面接を何度も受けて、5月の終わりから3ヶ月更新の派遣社員の仕事をget!、mhkの当面の目標はシニア海外ボランティア派遣と一点に照準があったのだ。

その結果が、既往症の腎癌を理由に不合格であったのだから、双六でふりだしに戻るになった気分だった。

JICAに問い合わせて回答をもらった6/22(金)のお昼前、勤め先で、そのまま仕事を続けることが耐えられなくなった。ちょうど2時間くらいなら抜けても同僚、他部署に迷惑がかからない程度の仕事量の日だったので、思い切って、上司に申し出、昼休みに会社を出て、主治医のいる病院に向かった。

さて、慌てて出かけたので、すっかり忘れていたが・・・この病院は予約のない外来は朝8:30~11:00までの受付だった・・・。いつもは予約した日に検査に行っているので、すっかり忘れていた・・・。

病院の受付でそう言われたが、健診の結果に関してどうしても先生にお聞きしたいことがあること、ここで治療を受けて、いつもかかっていることを説明したところ、泌尿器科外来の方に連絡してくれた。そしたら泌尿器科外来の看護師さんが先生に連絡して聞いてくれるとのこと。ほんの少し受け付けのところで待っていたら、連絡が入り、泌尿器科外来にきてよいと言われた。

泌尿器科外来待合室で待っていると、先生が現れた。予約の患者さんのみが待っている。大体検査を受けて、その結果待ちの患者さんである。

先生に呼ばれて、診察室に入る。

先生にJICAの顧問医師のコメントを見せる。コメントは腎細胞癌術後2年であり、当分の間は本邦主治医のもとで経過観察する必要があります。(再発の可能性が否定できないため)』

3月に応募したシニア短期募集は8ヶ月の時は二次選考の際に主治医の診断書を提出したら、健康面を理由には不合格とはされなかったこと(← このことは前の診察の時にも説明してたけど)、2年派遣でもシニアの場合は1年で一時帰国1ヶ月が許可されるので、実質行きっぱなし1年であり、ネパール派遣中止を決定した顧問医師はシニアの長期派遣は可能という見解だったこと、健康面でokだった8ヶ月派遣と1年の派遣が何か違いがあるのかは疑問だけど、今回の決定をした顧問医師は『1年で一時帰国できても、派遣期間の2年検査しないで済むのでなければ許可できない』という見解であること。コメントの本邦主治医のもとで経過観察する必要がある当分の間とは、2年検査をしないで済むようになるまでだと説明を受けたことを話して、術後何年たったら2年に1回の検査でいいのか、そもそも一体術後何年まで検査を続けないといけないのかを尋ねた。

主治医の話は以下のとおりだった。
検査は一生ですよ。腎癌は術後何年たっても、例えば10年後にひょこっと小さな癌ができるという症例があることは知られたことです。でも、非常に確率は低いです。何年たったから検査が2年に1回でよいということは言えない。術後1年たって再発がなかったのだから、検査は2年に1回でも10年に1回でも同じ。その数%のことを恐れてやりたいことを諦めたら悔いが残るでしょう。これ(海外派遣のこと)はあなたにとって、とっても大切なことなんでしょう?一度しかない人生なんだから。行ってください。必要なら私は2年に1回の検査でよいと診断書を書きますよ。大体、(JICAの顧問医師は)保身をしているとしか思えない。(←これは何度も連呼してました)

相変わらず声が大きかった。淡々とだったが、とても力強い言葉だった。結局何年たったから2年に1回の検査でよいとかいういい方はできないけど、術後1年再発がなく過ぎた場合は2年でも10年でも20年でも同じこと。どっちにしろ確率は非常に低い・・・つまり、今現在腎癌にかかったことがない人が将来腎癌になる確率だってゼロではないんだもの。他の人と区別する理由なんてないってこと。

それを聞いて安心した。mhkは振り出しに戻ったのではないのだ。着実に腎癌の治療後時は流れて、ちゃんと一歩一歩進んでいっているのだ。それと、先生に『行ってください。あなたにとって、とっても大事なこと、一度しかない人生、数%を恐れて諦めたら悔いが残る。』と言ってもらったことが本当に嬉しかった。あまり、ざっくばらんに話すタイプの先生じゃないのだけど、入院中もとても親身になってネパール派遣の許可が出るように診断書を書いてくださった。癌告知されて以来、ずっとお世話になっていて、いつも感謝しているのだけど、治療が実質終わった後も患者が社会復帰できるようにサポートする用意があることを力強く示してもらって、本当に勇気づけられた。今回のことで力強い味方の存在を改めて感じるコトができた。

診察では殆ど一方的に先生が話していただけだったけど、mhkは大きな安心をもらって会社に戻ることができた。

診断書を書かなくていいのかと聞かれたけど、一次選考で落とされた後では、既に二次選考の日程も全て決まっているし、今回診断書を提出しても判断が覆るとは思えないので、今回は結構ですと言った。また短期の募集、来年以降の長期の募集があった時に応募を検討すると思うので、その時に診断書をお願いしますと言ったら、『その時はいつでも来なさい。』と言ってもらった。

一次選考結果の通知と顧問医師のコメントを受け取って、精神的にまいってしまい、しょんぼりして病院に行ったのだが、帰りは心穏やかだった。mhkは右腎臓摘出手術を受けて、今は完全に健康体を取り戻したという自信を再び取り戻したのだ。

JICAの顧問医師は膨大な応募者の情報から派遣の是非を判断しなければならないし、大勢いる顧問医師の判断の揺れの存在は仕方ない。短期募集は問題なさそうだが、今3ヶ月更新の仕事をしているため、合格後2週間以内に研修があり、その1,2ヶ月以内に派遣という慌ただしいスケジュールでは勤め先に迷惑をかけないでは済みそうにない。長期派遣をねらって5月に職を得たので、すぐに短期派遣に応募するというわけにはいかない。もちろん、労働者の権利として辞める権利は存在するけど、お世話になっている同僚達に迷惑をかけるような仕事の仕方は絶対にしたくないのだ。

で、次回の長期派遣は10月に募集がある。主治医の先生は今でも診断書は書くと言ってくれるのだから10月にお願いしても書いてくれるだろう。しかし、たった4ヶ月しかたってないのに、診断書を出しても、個人的に親しいお医者さんに頼み込んで書いてもらったという印象をJICA側に与えかねないと思う。実際にシニアの応募者の中には健診結果が××なのに(40~69歳だからねぇ・・・肥満、生活習慣病も多いみたい~)、知り合いの医師に頼み込んで診断書を出す人も多いそうだ。mhkの主治医は専門知識に基づいて書くわけだが、そういうケースと同一視されるのは得策ではない。

なので、mhkは今の段階では来年の春募集まで待つことにしようと思う。来年主治医の診断書とともに応募に再チャレンジしようと考えている。もちろん、短期の要請内容を見て、今の仕事の都合がつくようであれば、エントリーも検討するけどね。

先週は本当に精神的にきつかった。腎癌発覚後、協力隊派遣中止になって、シニア長期派遣が当面のmhkの人生の目標だった。大連への短期派遣が実現して、この仕事に対する自分の思いを再認識したこともあり、夢が広がっていたので、ようやく克服できたと思えた腎癌のことを理由に不合格という通知はmhkにとっては残酷だった。

随分打ちのめされたけど、主治医に会いに行って話を聞いてもらったことで回復した。
今生きているmhkは1年半前に腎癌になったmhkに他ならない。mhkは人生を全うするまでこの体なのだ。腎癌になって治療自体は大して大変じゃなかったのに、その後は自分が健康体であることを証明するのに苦労している。これはmhk単独では不可能で、どうしても主治医のサポートが必要であり、今までもサポートしてもらってきた。これからもサポートをしてもらえるということを確信して、病院を後にすることができた。

mhkは腎癌になったけど、最高の医療サービスを受けられたのだ。こういう主治医に巡り会えたことは間違いなく幸せなことだと思う。

対象年齢が40~69歳のシニア海外ボランティア。mhkはまだ40歳!まだまだ時間はあるのだ。寄り道が多い人生だけど、一歩一歩自分自身に恥じないように進んで行こうと思う。

2007年6月25日 (月)

一次選考不合格・・・既往症の腎癌のため・・・

さて、ブログの更新サボってました。
先週6月19日(火)は応募していたシニア海外ボランティア春募集の一次選考結果発表。
結果は不合格。

2年派遣の青年海外協力隊春募集、青年海外協力隊短期派遣の募集、シニア海外ボランティアの短期派遣の募集に応募してきましたが、一次選考で不合格は初めてです。

去年から結果に不合格理由が記載されることになったそうです。

 不合格理由の理由は以下の4種類です。
 1. 技術・・・・・・・・・・・・技術が合格レベルに達していなかったため
 2. 一次健康・・・・・・・・・・健康診断の結果が合格レベルに達していなかったため
 3. 一次健康・技術・・・・・・・健康診断の結果と技術の双方が合格レベルに達していなかったため
 4. 一次競合または要請不適・・・技術、健康面では合格レベルに達しているが、他の応募者との競争の結果、不合格となったため。

で、mhkの理由は2の『健康』 つまり、技術レベルは合格レベルに達しているが、健康診断結果が合格レベルに達していなかった。

JICAの顧問医のコメント:
腎細胞癌術後2年であり、当分の間は本邦主治医のもとで経過観察する必要があります。(再発の可能性が否定できないため)

呆然としました。
今『メモリアル』でブログにコツコツ書いている腎癌発病がわかったのが2005年12月。治療も2005年の年末までに終わった。翌年の青年海外協力隊ネパール派遣は派遣中止。その時38歳だったmhk。

協力隊派遣は対象年齢が39歳まで。40歳からはシニア海外ボランティアとなる。両方ともJICA派遣のボランティア事業に属するが、協力隊派遣は2年行きっぱなしで、途中帰国が許されないのに対して、シニア海外ボランティアは2年派遣でも1年後に途中帰国が可能。その費用はJICA持ち。

ネパール派遣中止の判断を下したJICA顧問医のコメントは1年派遣ならよいが、2年行きっぱなしというのは許可できない。年齢が38歳で、あと1年ちょっとでシニア海外ボランティアの対象年齢になるし、シニアだと2年行きっぱなしではなく、2年派遣でも1年たった時点で一時帰国が可能なので、それなら派遣が可能ということだった。

まだ入院中、抜糸をしたばかりで組織検査結果が出た時に病院のロビーからJICAに電話をかけて派遣中止の報告とその顧問医師のコメントを聞いたのだ。その時は本当に悲しかった。

何しろ協力隊のネパール派遣が決まって、会社を辞めたのに、その退職日の翌日に癌告知、20日後に腎摘出手術を受けたのだ。派遣中止はショックが大きかったので、手術の傷自体の治りは順調だったが、精神的に随分参ってしまった。それでも、派遣中止の報告の際のJICAの顧問医師のシニア海外ボランティアであれば長期派遣も可能という言葉をよりどころとして、応募したのだ。

シニア海外ボランティアは協力隊より経験年数を求められる要請も多いので、すぐには合格しないかもしれないが、何度でもチャレンジするつもりだった。

それが、一次選考で腎癌の手術を受けたことを理由に不合格となったのだ。しばらくブログを更新する気も起きなかった。

JICAの顧問医師は、去年の8月に大連短期派遣の研修を受けた際の資料によれば27人もいらっしゃるとか。人によって判断も違うとのこと。

通知を受け取った後JICAに問い合わせたところ、その判断を下した顧問医師は『たとえ、1年後に一時帰国するにしても、派遣期間である2年間は検査をしなくてよいというのでなければ派遣は許可できない』と言われたそうです。

顧問医のコメントの『腎細胞癌術後2年であり、当分の間は本邦主治医のもとで経過観察する必要があります。(再発の可能性が否定できないため)』という当分というのは一体何年なんですかとJICAに問い合わせたところ、

『2年間検査をする必要がなくなった時点のことで、そういえば(主治医は)わかる筈です。』との回答だった。(← 直接、顧問医師に話を聞いたわけではなく、窓口になっているJICAの人に聞いてもらって、顧問医師の回答を伺った。)

その問い合わせをしたのが先週6月22日(金)だった。

勤めている会社のトイレから電話して聞いたのだが、その回答を聞いたら、もう耐えられなくなって、上司に断って、病院に主治医に相談しに行った。上司には、まさかボランティアに応募しているとは言えないから、腎癌の経過観察の検査結果を聞きに行くと行って会社を抜け出した。

本当に悲しかったが、主治医から力強いお言葉をもらって、今は元気になっています。その時のお話はまた後日。


 

2007年6月17日 (日)

あじさいの花

昨日の福岡は早朝まで雨が降ってました。9:00頃やんだのでお昼前から筥崎宮あじさい苑にあじさいの花の写真を撮りに行ってきました。

カメラははネパール派遣が決まった時にヒマラヤの風景を撮りたいなぁと思って、型落ちで安くなっていたのを買ったデジ一眼。レンズ付きで5万5千円。PENTAXのist DSです。← 素人でも使いやすい一眼レフ。

ネパール派遣が駄目になって、デジ一眼で撮るほどの風景もない福岡市(← mhkが撮りたい被写体がないって意味)では役立たずになっていたのだけど、去年の桜の季節から、せっかくデジ一眼あるし、福岡で咲く花でも撮るかぁと、気が向いた時に使っています。普通はコンパクトデジカメで十分だけど。。mhkのコンパクトデジカメとデジ一眼はどっちも単三の乾電池OK。出先で電池が切れた時に単三ならどこでも調達ができると思って買ったけど、最近は余分に充電式のニッケル水素電池単3形を持っていっとけばいいから途中で買ったりしなくて済むようになったねぇ・・・。

早朝まで雨が降っていたので、雨に濡れたあじさいを撮れる!とはりきって出かけたのですが、地面は濡れてたのに、花弁(というかガクだね。)や葉っぱは既に乾いていました。残念。気温も高いから蒸発のスピードも速い~!!!

でも、雨のおかげで土曜だというのに拝観している人が少なく、ゆっくり、のんびり眺めながら写真が撮れました。

福岡在住の人で、気が向いたら出かけてみてください。まだ綺麗に咲いてますよ。拝観料300円です。

上から2番目の右端の写真は青いガクアジサイを撮ってたら、ちょうどクマンバチが飛んできて、止まったのを撮りました。3cmもあるクマンバチ・・・怖かったけど、恐る恐る近づいてパチリ!

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2007年6月14日 (木)

ブログの中のわんこたち!

mhkのブログは『わんこ』がいっぱい!mhkは大学1年の頃から11年ほど庭で柴犬を飼っていた。ネコより犬の方が好き。

ブログの右横の『おねだりココア』のココアくんはクマではない。わんこで男の子。

ココアくんのコスプレを見たい方はデスクトップでココアくんを育てるゲームがあります。いかが? http://pokedebi.com/game/beastchi.html

左上のBlog Petの『とと』もわんこ。 ブログの中の言葉を話すので、『入院!入院!ボランティア!泌尿器科』とか喋っている。

ココログのテンプレートでバックを『お茶犬』から『ちくたくわんこ』に変えたけど、これはflash。

左下の骨付き秒針のある掛け時計をみつめている『わんこ』が可愛い。マウスをわんこの上に持って行くと動きがあることに最初気が付いてなかったのだが、お友達に指摘されて初めて知った。

わんこの上にマウスを持って行くと(クリックせずに=rollover)、わんこのお耳が下がる。
わんこの尾っぽ以外を長くクリックすると、後ろを振り向く。(おすまし顔のまま)
わんこの尾っぽを長くクリックすると困った顔をして後ろを振り向く。

どれも可愛いぃ~。福岡も梅雨入りしました。じめじめしたお天気続くけど、わんこの癒し、清涼感の中で、頑張ってブログ書いて、頑張ってシニア海外ボランティアをめざそうぉ~!!!

気候の悪い季節突入ですから、皆さんもご自愛くださいなぁ~!!

2007年6月13日 (水)

メモリアル-腎細胞癌発見15-入院生活 術後5-

2005年12月25日(日)
右腎臓摘出手術を受けて5日目にお食事スタート。クリスマスイブにようやくガスが通ったのでね。

お食事始めたけど看護師さんの勘違いで、流動食スタートが三分がゆスタートとなり、腸には優しくないお食事スタート。

1度ガスが申し訳程度に通ったとはいっても、やっぱり腸の動きはあんまりよくなくて、お腹に空気が溜まっているようないやな感じ。点滴の量が少なくなり、点滴の針を抜いている時間も多くなったので、身軽な時はなるべく病院の廊下を歩き回って、腸よ、動け!!!早く回復してネパール行ってやる!!!と頑張ってみたが、なかなか元気にならないmhkの腸~。

そうそう、術後何日かガスが通らなくて苦しんでた時、息苦しくてたまらなかったんだけど、その原因となってた腰痛と背中の硬膜外麻酔のチューブのことにまだ気が付いてなかった。原因がわからないから不安で、上半身を起こすのが辛くて、べそかいてた時、担当医がすぐ来てくれて、いろいろ処置してくれたんだけど、その時に担当医が言った言葉にはっとした。

担当医:こういうね、大きい手術をした時はね、手術の間腸の動きを止めているから、手術の後、なかなか腸が動き出さないことがあるよ。

mhk:(え~!!!! わたし大きな手術をしたのぉ~!!!!???だって、癌告知の時も手術の説明の時も、まるで美容師が髪の毛切るみたいに、当たり前に話してたじゃないのぉ~先生は!!!)← 無言だが、心の中で絶叫~。

以前の卵巣嚢腫の手術では手術時間40分で、腹腔鏡下の手術で傷は5mm、入院期間1週間。傷口も小さいから術後翌日に尿管もとってもらい、歩き回り、腹筋もokだったほど元気いっぱいだったmhk

腎癌で右腎臓摘出の手術の説明で、同じ腹腔鏡の手術、傷は7cmで、ちょっと前と比べると大きいなって思ったけど、入院期間も10日程度って言ってたし、検査入院もなく、なぁ~んだ、前の入院より3日長いだけだぁ~って軽~い気持ちだった。
とにかく、早く回復して、JICAにネパール派遣中止にならないようにアピールしなくっちゃ!!!って思ってた。

が、実際は・・・というと、今回は手術時間4時間だったから、腸の動きが止まっている時間が長かったし、、術後は随分お腹の張りで気持ち悪かった・・・。それでも、簡単な手術したんだとしか思ってなかったmhk・・・もちろん、腎臓は片方取っても比較的体に負担がかからない(も1個の腎臓が正常なら)臓器だから、決して難しい手術というわけじゃないけどね。

でも、手術後に担当医から『大きな手術を受けた後はね・・・』と言われて初めて、あ、私、大きな手術受けたんだぁ~って思った。← のんきすぎ???

それくらい術前は先生にお任せしておけば安心!と信頼できたわけで、JICAにネパール派遣を取り消しされるかどうかという不安はいっぱいで、随分悲しくて泣いたけど、手術自体に不安を感じたことは入院前はなかったのだ。(以前書いた、手術日の朝、看護師長に『やっぱり不安よねぇ~』って肩抱かれて言われた時にちょと不安がよぎったけど、それまでは全く!)

そういうわけで、mhkは大きな手術をしたんだな、ちょっとくらい腸が動き出すの遅くても仕方ないのね、異常なことが起こっている、回復が遅れているわけじゃないんだなと担当医のお言葉を聞いて、ベッドに横たわったまま納得したmhkだった。

お腹の張りがあって、苦しかったとはいえ、手術の傷の痛みは日にち薬とはよく言ったもので、どんどん回復して、順調だった。

最初に三分がゆでスタートしたから、ちょっとお腹がまたきつくなり、五分がゆのあと七歩がゆにするのはやめてもらって、五分がゆを続けてもらったりしたけど、ちゃんとよくなっているって感じだった。

同室の女性が25日に退院して、翌日26日から別の女性が入院。新しい同室の人は年齢がmhkより3歳くらい下だった。福岡市内の大学の事務をやっている人だった。病名は卵巣嚢腫。以前mhkがやった手術と同じ。婦人科の患者さん。彼女の担当医は女医さん。

普段は一人暮らしらしいけど、佐賀からお母さんが福岡市内に泊まって入院中通ってこられていた。腹腔鏡下の手術だし、それほどきつくない手術だし、良性と思われる物だから緊急を要さないのだけど、本人が婦人科系の病気になったってことで、ものすご~くナーバスになり、年明けてからなんて悠長なこと言ってられない!!どうしても年内に手術をってことで、随分押し迫って入院してきたのだ。

なんか見てて痛々しいくらい不安そうだった・・・。以前同じ手術をこの病院でしたんですよぉ、この病院は婦人科は有名だし、実績あるからお任せしておいたら大丈夫ですよぉって言ったらお母さんも本人も安心されていたよ。← この方たちの反応見ながら我が身ののんきさを顧みるmhkであった。

さて、お腹が多少苦しいとは言ってもクリスマスからお食事スタートし、俄然心はネパールへ!!!先生に診断書書いて~と診察の度にアピールを始めるmhkだった。

3連休だったというのに担当医は毎日病室に来られた。結局12月19日~29日までの入院期間は毎日担当医はmhkの病室に来られていた。術後息苦しくて随分騒いだっていうのもあったのかも・・・。

先生、あの時はお世話になりました。ホントに感謝してます。大きい手術してもらったことも術後しばらくたって先生がおっしゃるまで気が付きませんでした・・・けど。



2007年6月10日 (日)

協力隊体験を伝えようワークショップ初参加!

青年海外協力隊で日本語教師として派遣されることをめざしたの社会人入学で日本語教育の大学院に在籍していた時(2003年4月~2005年3月)から。その時に市役所勤めしていた高校時代の友人の紹介で知り合ったのが協力隊派遣経験者(派遣国:中国、職種:日本語教師)のSさん(彼女は旧姓も結婚後の姓もS)。

その後、2005年8月にネパール派遣が決まった時も、派遣中止になって、新たに応募した短期派遣(大連)が決まった時もメールのみでお知らせしただけでした。

今回、シニア海外ボランティア長期派遣めざし、受かるまではお仕事することになったとメールでお知らせしたら、Sさんから協力隊OB,OGもたくさん参加するワークショップへのお誘いのメールが来ました。

場所は福岡市役所別館。職場からわりに近い。6/8(金)お仕事終わって行ってきました。
同じグループになった人の行かれた国はドミニカ、中国、バングラデシュ、シリア・・・みなさん、いろんな国で活躍された人たち。

今の仕事は学校の先生だったり、通訳さんだったり、mhkみたいに会社員やっている人、いろいろ。

高校生相手に協力隊経験者が実施した授業の紹介や、異文化を考えてもらうワークショップをどのように実施しているかの紹介がありました。

レクチャー、ワークショップ自体も面白かったのですが、協力隊経験者に共通する物怖じしないというか、異文化に触れて『日本ではありえない!!!』て思ったことでも、最後には何とかなる!何とかしてきた!何とかなった!!経験を持っている強さを会場全体に感じました。

終わって、地下鉄で帰ってきたけど、お隣にすわったドミニカ隊員だったKさんと降りた駅の改札でばったり!一緒に帰ってきたわけじゃないのに・・・何たる奇遇。

普段は1個前の駅で降りるけど、夜遅いときは周辺が暗いので1個後の駅で降りてバス通りを通って家まで帰るコトにしているmhkとKさんが降りる駅が一緒になったわけ。

聞けばmhkは○○5丁目、彼女は○○6丁目。その6丁目は2月に引っ越した妹夫婦が住んでいたトコ。

おお、5丁目と6丁目に青年海外協力隊経験者が2人も! ついこの間までは妹夫婦合わせて4名も~!!!世間は狭いです・・・ね!

Kさんは協力隊派遣の職種は日本語教師ではないけど、今日本語教師のお勉強をしているところだそうです。これも何かの縁とメアドを渡し、彼女からもメールが来て、メールのやり取りができるようになりました。

ホントに縁はどこに転がっているかわかりませんねぇ~!!!

今、このブログのカテゴリー『メモリアル-腎細胞癌-』に書いているようにネパール派遣が決まったのに病気で中止になって、ホントにがっかりはしたけど、今を生きているmhkの新しい出会いはネパールに行けなくなったところからずっと続いていく未来なのだなって思った出来事でした。

2007年6月 5日 (火)

メモリアル-腎細胞癌発見14-入院生活 術後4-

2005年12月23日(金)
その日は天皇誕生日祝日。

相変わらず腸は動かず、お腹が張っている。きつい、眠れない。今日は祝日だし、担当医は来ないんだろうなぁって思ってたら、同室の人の朝食が終わった頃に病室に来られた。
こっちはぐったりしているけど、明るい声で『おはようございます。』と言って、『お腹の音聞かせてねぇ』と聴診器を当てる。

通常なら挨拶されて、挨拶返さないなんてことないけど、お腹張っている上に、眠れなかったもんで、挨拶されても誰にされているかわからないというか、ぼぉ~っとして、なんか遠くで声が聞こえる感じ。反応が非常に鈍い感じ。何だか自分が自分じゃないみたい・・・。

聴診器当てた後、『まだ、動いてないね。』と言われた。

さて、夜中も相変わらず眠れず・・・。お腹が張って気持ち悪いし、体動かしたり、座ってみたりしてたけど、口からゲップはよく出ても、下に通らない。でも、ようやく明け方4時過ぎて、申し訳程度にお尻からガスが通った。ほんの少し。スッキリしたって感じじゃないし、ほんの少し抜けても、お腹に溜まってくる空気の方が多い感じで相変わらす張ってたけどね。

でも、翌日クリスマスイブの朝、看護師さんに報告!
腸が動き出したからその日はお水を飲んでいいと言われる。

クリスマスイブの明け方にガスが通ったわけねぇ。その日は担当医は午後に病室に現れた。

担当医:おなら出たんですね。じゃあ、お水を今から少しずつ飲んでね、明日の朝から流動食、2回流動食で、次が三分がゆ、それも2回同じで、次が五分がゆと段階的に挙げていきましょう。三分がゆの時には漢方の消化剤だしておきますからね。
mhk:あのぉ、お水は看護師さんに飲んでいいと言われたので、もう少しずつ飲んでたんですけど・・・。
担当医:あ、構いませんよ。

何だかうれしいぃ~。一歩前進!!!って気分。もうお腹の傷も随分痛みが取れてきて、腕に全体重かけてお腹に力を入れないように要領よく起きることに慣れてきたから、起きあがるのがそれほど苦じゃなくなってきた。

ちょっと気分は晴れたものの、やっぱりガスが時々申し訳程度に抜けるとはいえ、お腹にガスが溜まってくる感じで、相変わらずお腹が張ってて、気持ち悪い。なるべく体起こしたり、歩き回って、腸の動きが活発になるようにと頑張ってみるんだけど、なかなか・・・。結局、あんまり眠れなかったねぇ・・・。

翌日 2005年12月25日(日)
お腹が張ってて、食べたい気分じゃないけど、朝食と昼食は流動食の筈。チャレンジしてみよう~!!!食べないとネパール行くための診断書書いてもらえないかも・・・なんて、いらん考えがよぎったりするもんで・・・。

で、朝食に出てきたメニューは・・・どう見ても流動食じゃない。何分がゆか知らんが、これは間違いなくおかゆだ・・・。ジャガイモのみそ汁もある。ほうれん草はものすごく柔らかくゆでてある。ん???

その日も日曜日で朝一は担当医は来てない。三連休の間、初日の23日は朝一来られていたけど、その後は午後から来られていた。休みだもんね。連休中も必ず病室に毎日顔を出されていたよ。ありがたいことです。

まだお腹張っているし、心配になり、ナースステーションに向かう。
mhk:あのぉ(おかゆなのに消化剤もないので心配・・・)先生は消化剤を出すって言われていたんですけど。
看護師;いいえ、そんな指示出てませんよ。
mhk:でも、昨日はそう言われていたんですけど、今お腹空いていないし、先生が来られるまでお食事するの待ってましょうか?
看護師:いいえ、大丈夫ですよ。食べてください。
mhk:????

流動食から変更になったのかなぁ・・・と思いつつ、食べてみる。少しずつ少しずつよく噛んで。かなり食べられたけど、不安。案の定食事の後、ちょっとお腹の張り方が酷くなっている。痛いって程じゃなかったけど。

昼食の直前に担当医登場~

担当医:流動食、食べられた?
mhk  :え???
担当医:大丈夫だった?
mhk  :あのぉ~(同室の女性の顔を見ながら)流動食じゃなかったですよ。
担当医:え?
mhk  :何分かゆかは知らないけれど、三分がゆくらいですか?(←これは栄養士資格持つ同室の女性に)
同室の女性:多分三分がゆかなぁ。
mhk :ジャガイモがおみそ汁には入ってたし、ほうれん草も・・・。流動食じゃないと思います。消化剤も出てないし・・・・。
担当医:ああ、消化剤は(流動食のつもりだったから)まだ出してないね。

担当医、しばらく考えて、つっと病室を出た。mhkと同室の女性、顔を見合わせる。ちょっと時間が経って、担当医の大きな声が響いてきた。ナースステーションで看護師さん達に話している。

mhkの病室とナースステーションの間に2つ部屋がある。その1つは経過観察室で、かなり広い部屋。でも、先生の声はびんびん響く・・・マイクも使わんのにねぇ~。因みに相手の看護師さんの声は全く聞こえない。

担当医:どうしてmhkさんが流動食って覚えているのに、私が指示した通りになってないの!!!お米の粒があったそうじゃないか。みそ汁にはジャガイモが入ってて、ほうれん草もあったって。

mhkと同室の女性、お腹かかえて笑い出す。さっきmhkが言ったまんまだよ・・・。

しばらく小言が続いたようで、ちょっと時間が経って戻って来られた。

担当医:(mhkにむかって)まぁ昨日からお水を飲んでたからねぇ。大丈夫だよ。これから昼も三分がゆで、その後五分がゆにして、段階を上げていきましょう。(← 看護師さん達のミスをフォローしたつもりだろうが、丸聞こえだったのよ。。。。)
mhk:はい。(同室の女性の方は見ないようにする。彼女が肩を震わせて笑うのをこらえているのがわかったから。目があったら吹き出しそうだったもの)

しかし、これは、あんまりよくなかった。三分がゆはおかずも柔らかめになっているが、五分がゆはおかず自体は普通食とほとんど一緒。三分がゆの間はよかったけど、五分がゆは、かなりお腹にきつかったよ・・・。

忙しい中、とってもテキパキと優しく看護してくれる看護師さんも、たまにミスすることはあるんだろうね。

夕食の五分がゆがきつくって、その夜は、また眠れなくなった・・・。

2007年6月 4日 (月)

応募受領通知着!

本日、会社から帰宅したら、JICAからシニア海外ボランティアの応募書類一式を受領したという通知が届いてた。

6/1(金)正午必着の日本語教育応募者対象の課題は無事FAX送信できてたんだなぁ~。金曜日に早起きして天神のkinkosまで行った甲斐があったよぉ~。

ひとまず一安心。あとは、まず一次選考の結果を待つだけね。こういう書類関係は、こっちも落ち度ないように細心の注意を払うけど、受け側の方で混乱無いとも限らんし、ドキドキです。特に自分にとって大事なことはねぇ・・・。

よかった、よかった。



2007年6月 3日 (日)

麦秋

昨日、2007年度 日本語教育学会 研究集会 に行ってきました。久留米大学であったので、天神から西鉄大牟田線の特急に乗って、行っていました。

天神から久留米まで特急で29分。久留米駅から大学まで西鉄バスで約10分。

mhkは福岡市民。同じ福岡県でも福岡市に住んでいると、他の市に特に用事がない・・・。以前勤めていた会社の仕事で1度久留米に行ったけど、会社の車で行ったから、公共の交通機関で久留米に行ったのは生まれて初めて。

驚いたよ!!電車に乗って久留米駅に近づいた時、広大な麦畑が黄金色に。刈り入れ作業やっているトコもあった。

まさに『麦秋(ばくしゅう)

おお~!!! mhkは小学生の低学年の頃、緑の麦畑は何度か見たことあったけど、収穫時期の麦畑は初めてみたよ。40年生きてて・・・。
日本の中にもまだ麦畑はあるのねぇ~。

小学生の時に稲作の『裏作』に麦を作ってたって社会の時間に習ったっけ・・・1年に米を2回作るのが二期作、1年に同じ耕地に違う作物を作るのを 二毛作(にもうさく)というって習ったな。

mhkは小学生の時に授業で当てられて『二毛作』を『にけさく』って答えてクラス中に笑われた苦い経験があるの。

教科書の中でしか知らなかったコトが電車の窓の外に『事実』として広がってたので、何だか感動~。研究集会に出かけたのでカメラなんか持ってこなかった・・・。残念。

確かに『』は初夏の季語だし、麦の収穫の時期を『麦秋』ということも知識としては知ってたけど、見るのは初めて。

ちょっと感動~。研究集会もよかったけど、疲労を押して行った甲斐ががあったと心から思ったのはこの麦畑の風景だったかも・・・。

でも、研究集会で聴けた講演会も、もちろん面白かったです。研究集会を開くにあたってご尽力くださった久留米大学の皆さん、九日連のスタッフの方々。ありがとうございました。

昔大学生の時に、久留米大学の事務の年配の男性が自分の大学の研究室に電話をかけてこられたことがあって、その時『あのっさいのぉ~』と言ってた。

研究室の教授の先生に聞いたら笑って、『ああ、mhkさんは知らないだろねぇ。あのっさいのぉ~は久留米弁でもしもしっていう意味ですよ。』と教えてくれた。

福岡市からたった40km、特急で29分で行けるところとは思えないほど言葉は変化しているものだ。

あと、久留米大学までバスで行ってたら、途中、鵲(かささぎ)がいた。これは別名カチガラス。カラス科の鳥で、声がよくないけど、黒と白の綺麗な鳥ね。昔は日本では佐賀と長崎の一部にしかいなかたけど、最近分布が広がって福岡市内の西の地域でも見かけることあるの。

なるほど、久留米は佐賀平野とつながってるもんねぇ・・・・なんて、感心しながら見てました。研究集会行ったけど、ちょっとした旅行気分でした!

2007年6月 1日 (金)

念には念を・・・眠い~

昨日のブログに書いたように、シニア海外ボランティア応募で、日本語教育の応募者にのみ課せられる課題締め切りが本日正午まで。FAX送信可で、その後でオリジナルを送付でok。

で、今日の夜中の0時過ぎに我が家の10年ものの家庭用FAXで送ったけど、6枚をシートフィーダできず、ほとんど1枚ずつ送信・・・。JICAの注意書きには『FAX送信後
オリジナルに訂正を加えたものが締め切り後に届いても対応できません。』とある。

訂正は加えてないけど、FAXで送信されてないページ、もしくはばらばらに送信されてて、JICA職員の手に一部届かなかったら訂正が加えられたと見なされるのか・・・。お布団に入った後不安になった。健診高いお金だして受けたんだもの、無駄になるのは悔しい~。

というわけで、本日30分前に起床(といっても、6:00だけどね)、30分早い地下鉄に乗り、会社の最寄りの駅の薬院の2つ先(終点)の天神南駅まで行って、キンコーズでFAX送信してもらった。140円だもの。安心と思えば安いもの。無事に6枚送れたよ!

送った後、セブンイレブンに行って、クロネコのメール便で送った。80円、安いねぇ・・・。
クロネコヤマトのお荷物お問い合わせシステムで確認したら、もう福岡を無事に発送~。
ま、今回受かるかどうかは別として、受けるなら最善を尽くしたいし、念には念をということですね。

先週急遽会社が決まって、勤務開始で環境変わったのに、家にいる時は課題の手直ししてて、おまけに今週の水曜は新しい職場で歓迎会・・・(もちろん、ありがたいですよ。お料理おいしかったし、職場の方、みんないい方で、楽しかったです!)と結構疲れが溜まってたみたいで、メール便で送った後にどっと疲れを感じて、今日の勤務はちょっときつかったなぁ・・・。まだ慣れないから書類のチェックのスピードもそれほどばんばんこなしてないのに、珍しく疲労感じた・・・。

週末はおとなしく家で過ごすことにしよう。来週金曜は別の協力隊経験者に「協力隊体験を伝えようワークショップ~出前講座の実践を知ろう!」に誘われているので行ってこようと思ってます!

彼女のブログはこちらです。協力隊OBも頑張ってますねぇ~。mhkも頑張ります。

日本語教育応募者用課題提出済みましたぁ~!

さて、早いもので、ブログ始めて1ヶ月たちました。1ヶ月も書き続けていたのに、メモリアル-腎細胞癌-シリーズをちんたら書いているもんで、まだ入院中の出来事までしか書けてません。術後腸が動かなくてお腹張って痛かった時の話でまだ止まっている~。おいおい書いていきます・・・。

5月25日(金)はJICAシニア海外ボランティアの春募集締め切り日。応募書類出した後、応募人数多い日本語教育だけは技術課題があるのです。

応募締め切り日の翌日26日(土)に速達で課題が送付され、今日6/1(金)の正午が締め切り(FAX OK) FAXを送った人は直ちにオリジナルを郵送することになってます。

去年の秋募集のシニア海外ボランティア日本語教育の応募者は80人以上・・・。何でFAXなんかね。。。課題の回答はA4 6枚分になるもんで(← 全部で6問あるから大体5,6枚になる人が多いんじゃないかなぁ・・・。

頼むからメールでファイルを送信するのでゆるしてもらえないの~。家庭用のFAX(10年前に買ったやつ)じゃ6枚もシートフィーダー上手にしてくれない・・・。受け側のJICAのFAXは1台。締め切り間際は混むから受信状態が悪いけどご了承くださいって書類に書いてあるの・・・。

さっき、0時回ったくらいに送信したけど・・・幸い締め切りまで12時間あるし、接続はするんだけど、6枚分1枚ずつ紙送りできない・・・。1回だけ2枚分を1枚ずつ送れたけど、他はセットしてある用紙全部いっぺんに紙送りしてた・・・。まぁ、全ての用紙に名前書いてあるし、ページ番号も #ページ/総ページ数 の表記だから、ほぼ1枚ずつ送り直しているけどだいじょうぶでしょう・・・。(送信代はかかるけど・・・。)

もっと早く課題終わるかとも思ったけど、先週の半ばからお仕事決まって、慣れない環境でちょっと疲れが出たのか、なかなかはかどらなかった上に、30日に職場の人がmhkの歓迎会と前任者の送別会をやってくれたもんで、昨日仕上げができなかったの。

でも、とりあえず送れたみたいだし、ほっとしました。

あとは応募書類につけた健診結果(← 健診結果自体はほぼ問題ないけど、既往症欄腎癌があるからねぇ・・・。)を見て、2年派遣のシニア海外ボランティアをどうJICAが判断するかですねぇ・・・。

一次選考の結果は6月19日発送となるの。

それまでは、とりあえず、新しく始めた営業事務のお仕事に励むことにします~。いい職場環境で楽しくやってます!!!

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