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2007年6月27日 (水)

一次選考不合格後、主治医を訪れて

JICAのシニア海外ボランティア平成19年度春募集の一次選考結果:不合格 既往症の腎癌のため

この通知を受けとって、大ショックだった。

2005年の青年海外協力隊春募集に合格して3月からネパール、カトマンズへ日本語教師として派遣されることが決まったのに、腎癌が発覚して、派遣中止。

その際のJICA顧問医師の判断ではシニア海外ボランティアの長期派遣(=2年派遣)なら派遣可能ということだった。

その後、39歳で青年海外協力隊短期派遣で4ヶ月中国大連市に派遣が実現、帰国後、今年の3月にシニア海外ボランティア短期派遣(8ヶ月トンガ)にエントリーした。

その結果は一次選考はパスし、二次選考の後不合格だった。理由は一次競合または要請不適・・つまり、技術、健康面では合格レベルに達しているが、他の応募者との競争の結果、不合格となったのだ。

そのトンガの要請内容はボランティアの中ではかなりレベルが高い業務で、ダメもとでエントリーしたので、不合格は仕方ないと思った。それより、不合格理由が健康問題でなかったことが非常に嬉しかった。、技術、健康面では合格レベルに達しているが・・・である。

これは本当にうれしかった。ネパール派遣中止決定後、随分苦しい思いをした。大連短期派遣実現までにはJICAの顧問医師に主治医の診断書を2度も提出しなければならなかった。

そのためシニアのトンガ短期派遣の結果を見て、長かったが、ようやく腎癌の呪縛から解き放たれたと感じることができた。これで安心してシニアの長期派遣の春募集にエントリーできる!と思い、長期派遣の選考は時間もかかるので、しばらく働こうと4月の終わりから仕事を探し、面接を何度も受けて、5月の終わりから3ヶ月更新の派遣社員の仕事をget!、mhkの当面の目標はシニア海外ボランティア派遣と一点に照準があったのだ。

その結果が、既往症の腎癌を理由に不合格であったのだから、双六でふりだしに戻るになった気分だった。

JICAに問い合わせて回答をもらった6/22(金)のお昼前、勤め先で、そのまま仕事を続けることが耐えられなくなった。ちょうど2時間くらいなら抜けても同僚、他部署に迷惑がかからない程度の仕事量の日だったので、思い切って、上司に申し出、昼休みに会社を出て、主治医のいる病院に向かった。

さて、慌てて出かけたので、すっかり忘れていたが・・・この病院は予約のない外来は朝8:30~11:00までの受付だった・・・。いつもは予約した日に検査に行っているので、すっかり忘れていた・・・。

病院の受付でそう言われたが、健診の結果に関してどうしても先生にお聞きしたいことがあること、ここで治療を受けて、いつもかかっていることを説明したところ、泌尿器科外来の方に連絡してくれた。そしたら泌尿器科外来の看護師さんが先生に連絡して聞いてくれるとのこと。ほんの少し受け付けのところで待っていたら、連絡が入り、泌尿器科外来にきてよいと言われた。

泌尿器科外来待合室で待っていると、先生が現れた。予約の患者さんのみが待っている。大体検査を受けて、その結果待ちの患者さんである。

先生に呼ばれて、診察室に入る。

先生にJICAの顧問医師のコメントを見せる。コメントは腎細胞癌術後2年であり、当分の間は本邦主治医のもとで経過観察する必要があります。(再発の可能性が否定できないため)』

3月に応募したシニア短期募集は8ヶ月の時は二次選考の際に主治医の診断書を提出したら、健康面を理由には不合格とはされなかったこと(← このことは前の診察の時にも説明してたけど)、2年派遣でもシニアの場合は1年で一時帰国1ヶ月が許可されるので、実質行きっぱなし1年であり、ネパール派遣中止を決定した顧問医師はシニアの長期派遣は可能という見解だったこと、健康面でokだった8ヶ月派遣と1年の派遣が何か違いがあるのかは疑問だけど、今回の決定をした顧問医師は『1年で一時帰国できても、派遣期間の2年検査しないで済むのでなければ許可できない』という見解であること。コメントの本邦主治医のもとで経過観察する必要がある当分の間とは、2年検査をしないで済むようになるまでだと説明を受けたことを話して、術後何年たったら2年に1回の検査でいいのか、そもそも一体術後何年まで検査を続けないといけないのかを尋ねた。

主治医の話は以下のとおりだった。
検査は一生ですよ。腎癌は術後何年たっても、例えば10年後にひょこっと小さな癌ができるという症例があることは知られたことです。でも、非常に確率は低いです。何年たったから検査が2年に1回でよいということは言えない。術後1年たって再発がなかったのだから、検査は2年に1回でも10年に1回でも同じ。その数%のことを恐れてやりたいことを諦めたら悔いが残るでしょう。これ(海外派遣のこと)はあなたにとって、とっても大切なことなんでしょう?一度しかない人生なんだから。行ってください。必要なら私は2年に1回の検査でよいと診断書を書きますよ。大体、(JICAの顧問医師は)保身をしているとしか思えない。(←これは何度も連呼してました)

相変わらず声が大きかった。淡々とだったが、とても力強い言葉だった。結局何年たったから2年に1回の検査でよいとかいういい方はできないけど、術後1年再発がなく過ぎた場合は2年でも10年でも20年でも同じこと。どっちにしろ確率は非常に低い・・・つまり、今現在腎癌にかかったことがない人が将来腎癌になる確率だってゼロではないんだもの。他の人と区別する理由なんてないってこと。

それを聞いて安心した。mhkは振り出しに戻ったのではないのだ。着実に腎癌の治療後時は流れて、ちゃんと一歩一歩進んでいっているのだ。それと、先生に『行ってください。あなたにとって、とっても大事なこと、一度しかない人生、数%を恐れて諦めたら悔いが残る。』と言ってもらったことが本当に嬉しかった。あまり、ざっくばらんに話すタイプの先生じゃないのだけど、入院中もとても親身になってネパール派遣の許可が出るように診断書を書いてくださった。癌告知されて以来、ずっとお世話になっていて、いつも感謝しているのだけど、治療が実質終わった後も患者が社会復帰できるようにサポートする用意があることを力強く示してもらって、本当に勇気づけられた。今回のことで力強い味方の存在を改めて感じるコトができた。

診察では殆ど一方的に先生が話していただけだったけど、mhkは大きな安心をもらって会社に戻ることができた。

診断書を書かなくていいのかと聞かれたけど、一次選考で落とされた後では、既に二次選考の日程も全て決まっているし、今回診断書を提出しても判断が覆るとは思えないので、今回は結構ですと言った。また短期の募集、来年以降の長期の募集があった時に応募を検討すると思うので、その時に診断書をお願いしますと言ったら、『その時はいつでも来なさい。』と言ってもらった。

一次選考結果の通知と顧問医師のコメントを受け取って、精神的にまいってしまい、しょんぼりして病院に行ったのだが、帰りは心穏やかだった。mhkは右腎臓摘出手術を受けて、今は完全に健康体を取り戻したという自信を再び取り戻したのだ。

JICAの顧問医師は膨大な応募者の情報から派遣の是非を判断しなければならないし、大勢いる顧問医師の判断の揺れの存在は仕方ない。短期募集は問題なさそうだが、今3ヶ月更新の仕事をしているため、合格後2週間以内に研修があり、その1,2ヶ月以内に派遣という慌ただしいスケジュールでは勤め先に迷惑をかけないでは済みそうにない。長期派遣をねらって5月に職を得たので、すぐに短期派遣に応募するというわけにはいかない。もちろん、労働者の権利として辞める権利は存在するけど、お世話になっている同僚達に迷惑をかけるような仕事の仕方は絶対にしたくないのだ。

で、次回の長期派遣は10月に募集がある。主治医の先生は今でも診断書は書くと言ってくれるのだから10月にお願いしても書いてくれるだろう。しかし、たった4ヶ月しかたってないのに、診断書を出しても、個人的に親しいお医者さんに頼み込んで書いてもらったという印象をJICA側に与えかねないと思う。実際にシニアの応募者の中には健診結果が××なのに(40~69歳だからねぇ・・・肥満、生活習慣病も多いみたい~)、知り合いの医師に頼み込んで診断書を出す人も多いそうだ。mhkの主治医は専門知識に基づいて書くわけだが、そういうケースと同一視されるのは得策ではない。

なので、mhkは今の段階では来年の春募集まで待つことにしようと思う。来年主治医の診断書とともに応募に再チャレンジしようと考えている。もちろん、短期の要請内容を見て、今の仕事の都合がつくようであれば、エントリーも検討するけどね。

先週は本当に精神的にきつかった。腎癌発覚後、協力隊派遣中止になって、シニア長期派遣が当面のmhkの人生の目標だった。大連への短期派遣が実現して、この仕事に対する自分の思いを再認識したこともあり、夢が広がっていたので、ようやく克服できたと思えた腎癌のことを理由に不合格という通知はmhkにとっては残酷だった。

随分打ちのめされたけど、主治医に会いに行って話を聞いてもらったことで回復した。
今生きているmhkは1年半前に腎癌になったmhkに他ならない。mhkは人生を全うするまでこの体なのだ。腎癌になって治療自体は大して大変じゃなかったのに、その後は自分が健康体であることを証明するのに苦労している。これはmhk単独では不可能で、どうしても主治医のサポートが必要であり、今までもサポートしてもらってきた。これからもサポートをしてもらえるということを確信して、病院を後にすることができた。

mhkは腎癌になったけど、最高の医療サービスを受けられたのだ。こういう主治医に巡り会えたことは間違いなく幸せなことだと思う。

対象年齢が40~69歳のシニア海外ボランティア。mhkはまだ40歳!まだまだ時間はあるのだ。寄り道が多い人生だけど、一歩一歩自分自身に恥じないように進んで行こうと思う。

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