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2007年7月 2日 (月)

メモリアル-腎細胞癌発見17-入院生活 術後7-

2005年12月27日(火)
癌ができた右腎臓摘出手術を受けたのは1週間前の20日。
1週間たって、順調に回復しているので、抜糸。奇しくも、その日は妹の二人目の娘が誕生。同じ病院の産婦人科で。

抜糸をしに担当医登場~。
傷は3つある。まず、おへそのちょっと上に縦7cmの傷。← ここから先生の手が突っ込まれ、密閉した後内視鏡で処理され、最後にここから右腎臓摘出したトコね。
それとおへそから右に6cmくらいの位置に横1cmの傷。ここはカメラのポートが入ってたとこらしい。
そして、3つ目は最後までドレーンチューブ(廃液チューブ)が付いていたトコで、カメラのポートが入ってた傷から右に5cmの位置に横1.5cmくらいの傷。

ドレーンチューブが最後までついていた傷は、チューブを抜いた後で毎日消毒してもらってて、ガーゼをあててテープでくっつけてある。

カメラのポートが入ってたところはホッチキスが1カ所、先生のおててが入った1番大きな傷はホッチキスが数個刺さっている。

抜糸はそのホッチキスを先生がピンセットで抜いていくのだ。別に痛くないのよ。← 読んでブルっとした人いたかしら??

その日はカメラのポートが入ってたトコの1個のホッチキスと先生の手が入ってたトコのホッチキスを1個おきに抜かれた。残りのホッチキスは翌日抜くそうな。

ホッチキスを抜いた後、いつものようにドレーンチューブのくっついてたトコの傷の消毒をしてもらった。

さて、看護師さんが先生に渡そうとしたガーゼが大き過ぎたらしい。← mhk本人は消毒してもらってて、体を横たえているからよくわからないけど・・・。

担当医:そんな!大きいよ!
看護師:(どぎまぎしながら・・・)え、えっと、どれくらいですか。
担当医:もう殆ど出てないんだからさぁ。(← 傷痕から血が出てないってこと)
看護師:えっと・・・(← 何故かガーゼをどれにするか迷ってて、手間取っている)これくらいでいいですか?
担当医:もう、そんなに出てないのに。ねえ。(← これはmhkの方を見て・・・いや、mhkは血とか駄目なので、傷口なんて見れないのだ!!!ずっと見るのは避けていた。ドレーンチューブがついていて、透明なチューブの中を自分の血が通っていくのが目に入るだけでくらくらしてくるくらいだったのだ。そんなこと振られても困るよ!!!)
看護師:あの、これくらいでいいですか。(なぜか、おずおずと)
担当医:そうやろうね。

看護師さんと担当医の会話・・・何だか不毛~。看護師さんは自分でも消毒なんてしょっちゅうするだろうし、患者がそこにいるんだから、傷を見ればガーゼのサイズなんてわかると思うんだけど・・・・。どうして、そんなにおずおずと迷うのかわからないぃ~。先生も看護師さんがぐずぐずしているんなら、その○○cmくらいのでいいよとか言ってあげればいいのにぃ~・・・。よくわからないなぁ~。

この担当医の先生、淡々としてて、声はちょっと甲高くて、大きい。mhkは関西で4年働いていて声の大きいオヤジにまみれて働いていたから、声の大きい人が怖いとかは思わない。mhkにとっては、心がネパールに向かって一直線!!!の時に突然降ってわいてきた腎癌という事実で、理性では病気の早期発見でよかったと安堵して、受け入れているつもりでも、あんまり突然だったので、心は対応しきれなくて、おたおたしてた時だった。
なので、あんまり余計なことをべらべら喋られるより、こっちが聞きたいことに対してきちんと説明してもらえる担当医でとても助かった。

でも、新しい同室の患者さんは『mhkさんの担当の先生、怖いですねぇ』って言ってた。横で聞いていると、言いたいことだけ言って、さっと病室を出て行く先生が怖く見えたそうだ。だって、処置されている時って、お腹出しているし、処置が終わって看護師さんが寝巻着せてくれる間って別に先生はすることないよねぇ。

でも腸が動き出して、多少お腹張っているとはいえ、だんだん調子が戻ってくると、ネパールに行くために診断書書いてもらいたいもんで、先生が病室を出て行こうとする度に呼び止めてたっけ。お腹出した状態で・・・看護師さんが着せてくれる途中の凄い格好のままだったかもぉ~ ← ネパール行きが気になるもんで、全くmhkは当時気にしてなかったけど・・・。まぁ、どうせ腎臓鷲掴みにされているんだし、今さら・・・よね?
先生を呼び止めては、カトマンズの病院の医療機器のリストの資料とか渡して説明したりしてた。

患者が呼び止めると必ず戻って、きちんと話を聞いてくれる先生だったから、mhkは特に不満もなく、頼りになる先生と思ってたけど、同室の女性は担当医が女医さんだったし、ざっくばらんに話すタイプの先生だったから、しきりに自分は女の先生でよかったぁって言ってた。そんなに怖いかなぁmhkの担当医・・・???

その同室の女性と同様、消毒の時の看護師さんは、この先生の声の大きさとかが内心苦手だったのかもね。前にも書いたけど、別の看護師さんは『あんなにしているけど、○○先生、全然怖くないんですよぉ~』って言ってた。← いや、mhkは怖いなんて言ってないし、思ってもないんだけど・・。

まぁ、そういうわけで、2人目の姪が同じ病院で生まれた日に、抜糸が半分終わったのだ。着々と体は回復していってた。相変わらずお腹は張っているけど。傷の痛みは殆どなくなっていた!

 

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