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2007年7月 7日 (土)

メモリアル-腎細胞癌発見21-退院の時の主治医の言葉 -

2005年12月29日(木)
もう病院も前日御用納め。看護師さんも少ない。
前日協力隊派遣中止、隊次変更申請も却下でしょんぼりモードのmhk。
2日前に出産した妹にもJICAの決定を報告。

午前中もう主治医が病室に来られた。通常勤務だとお休みなんだろうけど。
新しい同室の女性は病院で年越しだが、空いた病室も多い。
悪性腫瘍で優先的に手術日程に入れてもらったmhkと違って良性でそれほど手術を急がないケースだと、わざわざ年をまたいだ入院にはしないからね。
妹のように出産だと待った無しだし、年越し患者さんも多いけどね。

ドレーンチューブがついてた箇所の傷の消毒。ホント、この先生、消毒も全てご自分でされたなぁ~。毎日来られてた。以前良性の卵巣嚢腫の手術の時は毎日は先生病室に来られなかったけど。手術直後に病室に来られたのと、抜糸の時に1回、後は外来でこっちから行っただけだった。あの時は術後全く調子が悪いこともなく、不安もなかったので、先生の顔見なくても平気だった。やっぱり今回は前と比べると大きな手術だったからかな・・・

消毒後、もうガーゼを当てるのではなく、絆創膏でいいことになり、絆創膏を貼ってもらった。

その後、術後に24時間採尿して検査した結果、血液検査の結果も問題なかったことを告げられた。説明し終わって、

主治医:年内に退院は可能ですよ。いつがいい?
mhk  :今日
主治医:あ、今日?
mhk  :はい。(だって、入院前は退院予定、29日か30日ってなってたし、もう抜糸終わったし、診断書書いてもらって(結局駄目だったけど)用事ないし・・・ mhk心のつぶやき)
主治医:あ、そう。じゃ、退院の手続きとるから待っててね。消毒薬出しておくから、家で自分で消毒してね。
mhk  :あの~お風呂は入っていいですか?(手術以来お風呂入ってないので、もう限界~!!!体は毎日自分で拭いてたし、髪は一度我慢できなくて、洗濯場で洗ったよ。)
主治医:あ、いいですよ。今貼ったのは(絆創膏のこと)防水性いいから、これを売店で買って帰って。これね。(と見せる)
mhk  :眼鏡がないとみえない・・・(視力0.1ないので・・・処置してもらう時はベッドに横たえているから眼鏡はずしてるのよね)
主治医:あっと、眼鏡眼鏡・・・(棚のところを探してmhkの眼鏡を取ってくれる)はい、眼鏡。
mhk  :(眼鏡をかける)
主治医:これね。(今さっき貼ってもらった絆創膏の包みを見せる)デルマポアドレッシング
mhk  :はい。(ふ~ん。dressingは包帯の意味あるもんね。デルマってderma-って皮膚って意味だけど、そのドイツ語風読み??なんて、包みに書いてあるカタカナの横のアルファベットのスペルを見ながら感心してた・・。)
主治医:(看護師さんに)デルマポア売店にあったよな?
看護師;はい。

その後主治医は退院手続き取りに病室を出て行った。

やったぁ~!!!!予定どおりぃ~。家に帰れるぅ~

しばらくして、看護師さんが病室に来て、入院費の概算を教えてくれた。19日~29日で、大体24万円。もう会計操作できないから、いくらか会計で払って、残りを次回外来の際に払うように言われた。その時看護師さんが一言『そうねぇ。家に戻った方が気が紛れれいいかもねぇ。』(あれ、そんなに傍目で見てわかるほどmhkはしょんぼりしてたのかな。。。)

そこで、母に電話して迎えにきてくれるようにお願いして、24万円もってきてくれるように頼んだ。だって、外来に来る時にバス移動で、そんな大金持って行くのいやだもん。両親は車で来るからね。

もう、パジャマ脱いで、Gパンに着替えて、売店にデルマポア買いに行って、荷造りOK!!!売店から戻る途中、廊下を歩いていると主治医がナースステーションから呼んでいる。

主治医:ご家族の方に退院前に説明したいんだけど、何時頃来られる?
mhk  :聞いてみます。

父の携帯にかけると、ちょうど城内を走っていて信号停止中に電話とってくれた。(城内っ福岡城の辺りの地名で、もう中央区にある病院のすぐ近く)

mhk  :今城内にいるそうだから、もうすぐ到着です。
主治医:来られた時に、ここに(自分が)いなかったら、看護婦さんに呼んでもらって。
mhk  :はい。

しばらくして、両親到着。預かっている妹の上の子の4歳児を4階の妹の所に置いてきたって言ってた。ママがいなくて寂しいのを我慢して爺ちゃん、婆ちゃんのところにいるのだ。

母からお金をもらって、会計に払いに行ってからナースステーションに両親伴って行った。先生はいらっしゃった。

前日診断書を書いてもらう時にmhkに話された内容だった。
主治医:たまたま受けた健診で見つかった癌でしたが、組織検査の結果、サイズは1番大きいところで1.9cm。エコーで見つかるにしても最小のサイズの癌でした。組織学的にいうと、ステージⅠの普通の腎細胞癌でした。特にどんどん増殖が進むというような癌ではありませんでした。クレアチニンの値も腎臓が1つなくなったけど、1.1です。これから左の腎臓がどんどん頑張ってよくなるかもしれないし、それはわかりません。
(その後、ちらっとmhkの方を見て)青年海外協力隊派遣は本人が希望するとおりにはなりませんでしたが、まあ、命には代えられないと。これからの人生頑張ってください
これからの経過ですが、この病院で診ていくことになります。退院後は年明けて、1月6日に来てください。予約は取っておきます。
mhk :(さっき言われたことで泣きそう)はい。
主治医:傷を消毒する薬もらった?
mhk  :はい。
主治医:それでは、お大事に。
母   :ありがとうございました。おかげで命拾いしました。
主治医:いやいや。

主治医が立ち上がってナースステーションを出ていった。

両親と一緒に妹の病室に行って、赤ちゃんを見て、ママと分かれたがらない上の子を連れて、車に乗り込んだ。

そう、10日間の入院生活は終わった。無事に右腎臓摘出手術は終わり。協力隊派遣への夢も消えた。

主治医はたくさんの言葉を言ったわけではないけど、JICAへの診断書提出にあたっては大変よくしてくださった。本人の希望が一番と、余計なことは一切言わず。最後に退院の時に一言だけ『命には代えられない』とだけ。

心にずっしり響く一言だった。

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