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2009年2月22日 (日)

道が開けたわけですね~腎癌術後経過検診 術後3年~

H.21.12.16(月)は午前中半日年休とって、腎癌術後経過検診でした。CT検査はJICA日系社会シニア・ボランティアの応募用に診断書を書いてもらいに行った際に、先生が『CT撮影して、その結果を診断書に書こう』とおっしゃったので、通常より早めに10月に済んでいました。

だから今回は術後3年たったのですが、通常の血液検査と尿検査だけ。

それも、1月にJICA短期ボランティア応募用の健診を受けた際に同じ検査項目があるから、その結果シートを持参して先生にお見せしただけです。

先生はいつも、近い日に応募用か会社の健診を受けていたら、その結果を持ってきてもらえば採血、尿検査はしなくていいよって言ってくださるのです。(いつも助かります。そして、自分が所属している健康保険に対してもよいのでね。自己負担は3割ですが、7割は健康保険の方に負担されているので、なるべく必要ない検査はしたくないです。手術の際は高額医療費として随分返してもらいましたしね。健康保険は助け合いの精神なので、自分が病気の時は他の人に負担してもらう、でも、必要ない分はなるべく支出を抑えたいものね。)

さて、そういうわけで、今回は診察only。呼ばれて診察室へ。

先生:1月に受けたわけですね。(健診を)クレアチニン1.04 それで、この値(クレアチニンの)は今回(JICA顧問医師から)どう判断されました?(← 実はこの値は短期用の健診だったので、長期の日系社会シニア・ボランティアの一次選考用の健診は10月に受けた値なんだけど・・・ま、訂正する必要もないし、クレアチニンの値自体も変らないし。あと、クレアチニンの値で引っかかっているわけじゃなくて、既往症の腎癌で引っかかってたんだけどね。ま、いいか!)
mhk:あ、今回は一次選考パスしました。健康問題はひっかかりませんでした。
先生:よかったですね。道が開けたわけですね
mhk:はい、ありがとうございます。ただ今回は応募人数がかなり多く(11名の枠に59名応募して一次選考パスが29名だったし)、3日に二次選考の筆記試験、面接を受けに東京に行ったのですけど、結果はわかりません。
先生:そういう問題もあるんですね。(← 二次選考のことだと思う)で、行くとしたらいつから?
mhk:横浜研修が3月に11日間、4月~6月の最初まで2ヶ月ちょっと、その後、6月か7月に実際の派遣です。(← 合格後は7月派遣がはっきりしたけど、この時点ではどの要請に受かるかわからず、要請内容によって6月派遣と7月派遣があったのです。)
先生:あ、何年いくの?
mhk:2年です。でも、1年後に健康診断の目的で1ヶ月ほどは一時帰国できますから。
先生:じゃあ、その一時帰国中に検査にはこれますね。
mhk:はい。
先生:じゃあ、今度はいつなら確実に福岡にいる?
mhk:受かったとしても、研修(派遣前訓練のこと)が6/5までなので、どんなに派遣が早くても、次の週には確実に福岡です。
先生:じゃあ、次の週に・・・
mhk:6月8日(月)はどうでしょう?
先生:いいですよ。予約しましょう。

診察はこんな感じでした。この3年という月日の中で随分先生には派遣実現のために診断書を書いていただきました。最初は、入院中にネパール派遣が中止にならないようにと一通。その半年後に短期の青年海外協力隊で大連に行く際にも、先生が2回もJICA宛の診断書を書いてくださって、派遣が実現しました。

そして、19年度春募集の長期のシニア海外ボランティアの応募で一次選考がダメだった時に訪れた際に、『(JICA顧問医師)は保身を考えているとしか思えない!』とmhkがしょんぼりして怒る気力もない時に、腹を立ててくれました。その様子に随分励まされたものです。

その後受けた短期ボランティアは結果的には面接後に合格できなかったけど、応募用の健診で腹部エコーで(残った)左腎臓に結石ありとされた際もその直前に受けたCT結果を基に結石はなしという診断書を書いてもらいました。腎癌で右腎臓摘出して残った左腎に結石ありと(別の病院で応募用に受けた健診項目の腹部エコーの結果で)言われてションボリしてたmhkですが、『誤診の可能性がありますよ。結石の検出の点ではCTの方がエコーより能力が高いからね。』って先生に言われて、ほっと一安心したものです。

考えてみれば、腎癌という病気に遭遇して治療が終わってからのこの3年何度も何度も診断書を書いてもらいました。内心はまだあきらめてないのかと呆れてたかもしれませんが、億尾にも出さず、淡々と処理していただきました。

そして、ようやく長期派遣の一次選考をクリアした際に、一言『道が開けたわけですね。』と。ごく短いコトバでしたが、とても温かいものを感じました。そう、道が開けたのです。

その診察の2日後、二次選考もクリア。まさに道が開けました。

mhkの腎癌という病気は治療自体はすぐ済んでしまうほど初期でした。再発の心配もほとんどないほどのもの。でも、既往症に癌という名前の病気があることの窮屈さで、時には息が詰まるほどのこともありました。それは自分の弱さというものを再認識させるもので、自分のことが情けなくて情けなくてたまらなくもなりました。

でも、人間というものは弱いのだ、それ自体は恥ずかしい事ではないのだ、弱いということ自体を受け入れて、道を進んでいけばよいのだということが自分の中で受け入れられるようになりました。

3年かかった、この迷路、迷路を歩いているうちに、いろんなことを学んだ気がします。二次選考合格前だったんですけど、主治医の先生の『道が開けたわけですね。』という短いコトバはmhkの中にほっとするものをもたらしたのでした。

この3年、mhkが学んだことは『人間は一人では生きてはいけない』ということだったのかもしれません。家族、友人、医師、看護師のみなさん、いろんな人に支えられていることを実感した3年でした。

生きる時間が長くなっていけばいくほど、いろんな人に対する感謝の気持ちが増えていくものなのですよね。

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