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2011年7月の8件の投稿

2011年7月31日 (日)

子宮筋腫との闘い~入院しました~

7月29日(金)入院しました。

10:00に病院に行って、入院受付に健康保険証提出して、誓約書出して、入院する病棟のナースステーションで入院の説明を受けて、午後はU先生の診察&家族説明だけなのです。

もうおなじ病院に入院3回目、手術も3回目なので、慣れたもんです・・・。こんなのだけ経験積んでも仕方ないんだけど・・・ね。

その日は特にパジャマに着替えることなく、持ち込んだiPod touchでポルトガル語、英語会話をぼぉ~っと聴きながら病室で待ってました。

14:00から婦人科外来で診察があり、そのあと家族説明予定でしたから。

さて、診察に呼ばれた声が月曜のU先生とちょっと違う声に聞こえたんだけど・・・と思ってたら、YG先生という若い先生でした。(但し、髭ヅラでU先生より老けて見えたけど・・・ネットの医師の紹介でみてたら卒業年次がU先生より12年後だったので、結構若いみたい。)

U先生は卒業年次を見る限り、mhkとほぼ同年代のようでした。

YG先生は手術で助手をするから、触診、エコーの診察をしますと言われていました。その診察の後、U先生に診察室に家族と呼ばれて説明がありました。(mhkには目新しい話はなかったけどね。)

ま、その日はそのまま家族と一緒に家に戻り(土日はやることないので外泊許可とりました)、今は自宅にいます。

今日(7月31日(日))、15:00までに病院に戻ることになっています。

朝食後と昼食後に飲むようにと渡された下剤を飲んだだけで、庭のセミがうるさい~!!!!そんな、別段変わりない真夏の日曜です。

2011年7月28日 (木)

子宮筋腫との闘い~入院前夜~

ブラジルから帰国後の腎ガン術後経過検診で摘出しなかった方の左の腎臓に病変が見られなかった、術後5年経過して問題なし!ちゃんちゃん!と物語はハッピーエンドで終わるはずだったんだけど・・・。

なかなか、そうはいかないのが人生です。

ブラジル2年間のJICA日系社会シニアボランティアとしての任期を無事に全うして帰国して、術後経過検査のCT検査で異常が見られなかったというご報告をして、このブログは鳥撮り写真ブログ&大連日記に移行していく予定でした。

腎癌術後経過検査では胸の下から下腹部までの範囲を毎回撮るのですが、今回の放射線科医の所見は、「腎臓、肺については異常なし、子宮筋腫は明らかに1年前のもの(2010年5月の健康診断一時帰国時のもの)より大きくなっている。」でした。とほほ・・・。

7月25日(月)の泌尿器科受診の際のCT検査結果がこんな具合だったもんで、泌尿器科の主治医はそのCT写真持参で婦人科の先生に話をしに行ってくれました。いやいや、泌尿器科の先生の行動はすばやかったです・・・。そしたら、その日のうちに婦人科の先生が診察してくださることになり、2階の婦人科外来(泌尿器科は1階)に行ってきました。

婦人科の先生は偶然同い年の友人が去年第一子を出産された時の主治医のU先生でした。

診察室に行くと。。。。既に例のCT写真が貼られている・・。

U先生:ここですね。もう骨盤の間、全部埋まっているでしょう?本来はここ腸があるとこなんですよ。これ、腸がみえないでしょう?
mhk:はい、2年前からお腹の上から自分で触ってもわかる状態だったので・・。

U先生:上から触ってわかるということは、もう骨盤の前にきているってことなんですよ。圧迫したり、何か自覚症状はなかった?へその上まで来ているよ!
mhk:特になかったですけど。
U先生:これが急に大きくなったのだったら圧迫したりするけど、少しずつ少しずつ大きくなっているので、慣れてきて圧迫感とかはなかったんですね。でも、この1年でずいぶん大きくなっているので、今から半年、1年でさらに大きくなることは考えられるんですよ。
mhk:最近、Gパンのお腹まわりがきつくなってきたと思ってました。
U先生:うん、そう、Gパンがこのあとの半年、1年でさらにきつくなることはありえるんですよ。こうなると、さらに大きくなっていくと、4kg、8kgとなって、圧迫して壊死する部分が出てきて、死んじゃう場合もあるんですよ。
mhk:今でどのくらいなんですか?
U先生:2kgくらいかな?それと、もともと筋腫があったので、かなり高い確率で子宮筋腫とは思うけど、数%は肉腫(=がん)という可能性もあるんですよ。まぁ超音波で動きとか見て、ある程度確認できますけどね。肉腫ならとらないといけないし、子宮筋腫であっても、これだけ大きいと、最終的にはとらないといけない。子宮筋腫と仮定して、方法は二つ。一つはホルモン療法で小さくする、もう一つは手術でとること。ただ、ホルモン療法でも、これだけ大きいと、ホルモン療法だけでは治療は終わらない。ホルモン療法で小さくして内視鏡手術で切ることになる。
mhk:ホルモン療法はどのくらいの時間がかかるんですか?
U先生:1ヶ月を半年続ける。ホルモン療法は続けられるのは半年までです。でも、やめるとまた大きくなる可能性もあるよ。Y先生(泌尿器科の先生)の話だと海外によく行かれる方ですよね?それだと無理でしょう?
mhk:はい、8月26日くらいには日本を出るので・・。
U先生:もし行く前に手術するとなると、もう今日術前検査して、今週末入院、手術8月2日退院12日、自宅療養1週間でぎりぎり間に合うね。とりあえず、エコーで動きを見てみましょう。

エコー、触診で先生に診ていただいた後・・・

U先生:動きは嫌な動きじゃないので、多分筋腫でしょうね。
mhk:あの~、肉腫じゃなくて、子宮筋腫と仮定しても、手術が早すぎるってことはないんですよね?
U先生:(笑いながら・・・)骨盤の間埋まっているんですよ。これでは早過ぎるってことはないでしょう!!!
mhk:・・・ですね。(こちらも笑いながら・・
U先生:治療、どうしますか?
mhk:行く前に手術するって、今からベッド空いているんですか?(以前、卵巣嚢腫の手術した時は症状が見つかったのが2003年2月だったのだが、その時はベッドが空くのが2003年6月以降と言われたのだ。2005年に腎癌が見つかった時は症状が見つかったのが11月29日だったけど、12月1日の泌尿器科初診の時にはすでに12月13日か20日で手術の予定を組みます!と言われたんだよね・・・。その時はCTの画像診断で十中八九癌だったから、なるべく速いうちに切除する必要があったのだ。癌の時は特別扱いだったんだろうけど、今回は子宮筋腫の手術で、そんなに急にベッドが空かないだろうとおもったんだよね。何しろ夏休みシーズンで手術が多い時期だし・・・。)

U先生:だって、8月26日に行くんでしょう?なんとかしますよ。

mhkは、しばらく考えて、このまま処置せずに大連に行った後で筋腫がさらに大きくなって具合が悪くなるより渡航前に手術しておくほうが安全だと判断して・・・。)

mhk:行く前に手術します。

手術することに決めたのでその日のうちに術前検査を終えて、7月29日入院となりました。

さて、術前検査って、血液検査、胸のレントゲン、心電図、肺活量の検査などです。

mhkは中国渡航ビザ用の健診を別の病院で7月15日に受けたばかりだったので、看護師さんに、そのデータを使ってもらえないか尋ねた。特に胸のレントゲン写真に異常なかったし、放射線何回も浴びたくないもんね・・・。中国に持っていくためにX線写真は病院でコピーしてもらってたので自宅に置いてたし、他の検査結果のデータは原紙を持参してたのです。

看護師さんは最初「手術前のデータをうちの病院で測りたいんですよね。」と言われていたけどmhkは「でも、15日でホントに最近だし、ちゃんと病院の名前も入った診断書も持っていますし・・・。X線をおなじ月に何度も浴びるのは嫌なので・・。」とお願いしてみたら、先生に聞いてもらえることになった。

ほどなくして看護師さんが戻って「言ってみるもんですね!、最初は渋い顔されていたけど、X線をどうしても浴びたくないという希望を伝えたら、仕方ないですねって言われてましたよ。」ラッキ~。

というわけで7月25日(月)は、15日の健康診断で検査しなかった項目の検査を済ませ、術前検査を無事終えたのでありました。

はぁ~まさか、25日に病院に行った時には翌週に手術するなんて思いもしなかったよ~。

今回は筋腫が相当大きいので内視鏡ではなく、初の開腹手術です。やれやれ・・・。人生ままならんもんです。でも、幸い今回の中国行きはJICA派遣じゃないので、泌尿器科のY先生と婦人科のU先生のご協力で、大連に行く前に治療が終わる日程で手術を組んでもらったので、今後の予定が大きく変わることはないでしょう。

とにかく、無事手術を終えて、大連への赴任を目指します!

そういうわけで、明日(7月29日(金)から入院です。

2011年7月25日 (月)

ブラジルから帰国後の腎ガン術後経過検診

無事帰国して、来月の大連行きの準備のため、渡航用の書類をいろいろ準備しています。先週必要な書類は全てEMSやメールで赴任予定の大学に送付。

あとは大連の方からの指示を待つばかり・・。

中国渡航のための健康診断結果を受け取ったのが7月22日(金)だったので、その中の血液検査のデータを持って、今日7月25日(月)、泌尿器科に術後経過検査に行ってきました。

腎臓の機能をチェックするために、血液検査をしてクレアチニン値の確認をして、尿検査して、CT(単純)撮影というコースです。でも、近い日程で血液検査(健康診断で)したら、そのデータを持ってきたら採血はパスできるのです。なんども血を抜かれるのなんて、やだもんねぇ~。

健康診断の結果は片腎のmhkはクレアチニン値は1.0mg/dlと、ちょっと高め(基準値は両腎ある人の値だから仕方ないのです。)ですが、他の値は全て基準値内でした。

喜び勇んで持っていったのですが、CTの結果はというと・・・。

腎臓については問題なし・ぱちぱち!!

昨年の5月の健康診断一時帰国時に受けたCT検査の時には放射線科医が所見に「肺野に嚢胞あり」と書いてあったけど、その映像も去年と変化無でも、問題なし。よかった、ぱちぱち・・・

しかし・・・

大きな子宮筋腫があったそうな・・・。その大きさはというと、骨盤と骨盤の間が埋まるほど・・・。そういえばウエストがちょっとお腹ぽっこりになったなって思ってたけどね・・・。
年のせいでお腹がぽっこりなったのかと思ってた・・・。確かにお腹の上から抑えると自分でも筋腫かな?ってとこがあったけど・・・。そんなに急激に大きくなるとはねぇ~。

さて、そこからが泌尿器科の主治医は対応速かった・・・。いつも、mhkの海外渡航の予定をカルテに書いていらっしゃるけど(何しろ、mhkが腎癌手術直後もJICA青年海外協力隊でネパールに行こうと診断書を書いてもらったりしたし、結局はそのネパール派遣は中止になったけど、諦めずにその年の7月に再び受験して短期派遣の協力隊で大連に行ったもんだから・・・ね。)、8月26日に大連渡航予定ってmhkが言ってたもんで、「婦人科を受診しないといけないよ。」って主治医に釘刺されました。

主治医:腎臓も肺も去年の5月の画像と変化なしで、問題ないです。ただし、子宮筋腫が去年より明らかに大きくなっています。
mhk:あ、そうですよ。だって、自分でお腹の上から触ってわかりますもん。
主治医:・・・。婦人科には見てもらっているの。
mhk:今日は都合で見てもらわないけど、1年に1回は婦人科受診しているので、今週末に行こうかと思っていました。
主治医:予約しているの?
mhk:いいえ、だって、MRIとか、ここ電話で予約できないでしょう?まずは受診しないといけないし。
主治医:でも、MRI撮るとしても、また別の日に婦人科に行ってもCTと違ってすぐにMRIは予約できないから、MRI検査は来週以降になるよ?間に合わないでしょう?(←8月26日の渡航に)
mhk:でも、今日はもう(CTの写真が出来上がった時点で)12:00過ぎているし、11:00までですよね?外来受付は?
主治医:ちょっと、写真持って婦人科の先生に言ってくる。待ってて。

と、CT写真とカルテを持って婦人科に行かれました。

しばらくして、戻られると・・・
主治医:今日、婦人科の先生が見てくださるそうです。ちょっと待ってて。カルテ書いちゃうから。

もともと子宮筋腫自体は持ってたので、CT写真に写っているのは「おそらく筋腫がおおきくなっただけだろう」と思われるけど、1年で大きくなったスピードが結構速かったもんで、筋腫じゃなくて肉腫(=ガン)という可能性もなくはないというCT写真を読影した放射線科医の所見だったので、対応速くしないといけないという判断だったようですね。

そういうわけで、その日はCT検査後、「異常なし!」とはならなかったわけです。腎癌の術後経過検査としては異常なしだったので、再発もなかったんだけどね・・・。

婦人科でのことは、次回の記事で!

確かに今回のCT検査結果は、子宮筋腫に関しては残念でしたが、mhkの海外渡航の予定を見て、それに間に合うように!と主治医の先生が素早く対応してくださったのが、とてもありがたく、感謝の気持ちがいっぱいです!

2011年7月14日 (木)

ようやく福岡市民に~ブラジルから帰国後

JICAボランティア(長期派遣)って帰国後の手続きってどんな手順かというと・・・シニアボランティアの場合は(青年ボランティアはもっとプログラムがたくさんです。)

2011年7月1日(金)成田着
2011年7月2日(土)-3日(日) JICAがお休みなので、東京滞在(関東で東京に通えるボランティアは自宅に帰れます。
2011年7月4日(月)地球ひろば 感謝状授与式、帰国時手続き説明会
2011年7月5日(火)JICA本部 帰国手続き 帰国報告会

帰国手続きでは、公用パスポートを返却(外務省で失効手続き(Void=穴あけ)がされた後、自宅に送付されます。)、任地ブラジルから成田までの国際線の航空券e-ticket控え 、搭乗券の半券の提出、2年前に任地に向かう際に預けていた一般パスポートの受け取りなどです。

この日、新宿三井ビルクリニックで健康診断を受ける人もいますが、mhkは自宅に戻った後で受けたかったので受診しませんでした。(新宿三井ビルクリニックで受診する場合は病院に費用を支払うひつようはありません。自宅近くの病院で受診した場合はあとで費用の請求ができます。)

2011年7月5日(火)福岡の自宅へ移動

2011年7月9日(土)Void(穴あき)済み、失効手続き済の公用パスポートが郵便で自宅に着。
2011年7月11日(月)区役所に住民票転入。めでたく福岡市民に!(この際、海外転出中で国民年金が任意加入だったのが、1号被保険者となる。)健康保険は国民健康保険に加入手続き。(福岡移動後の7月5日後となる・・・いつも思うけど、東京滞在の間(今回7/1~4)って健康保険無加入なんだよね・・・。)

2011年7月13日(水) 国民健康保険証が自宅に着。

2011年7月14日(木) 帰国後の健康診断受診(結核予防センター)

とまぁ~こんな感じです。

2011年7月 3日 (日)

mhkの旅路 途中経過

このブログを開設したのが2007年5月1日。
2005年8月に合格したJICA青年海外協力隊ネパール派遣が12月に発覚した右腎細胞がんで派遣中止。旅立ちへの期待いっぱいの中の挫折で、がっかり。

右腎臓摘出術後に

2006年9月-2007年1月 JICA青年海外協力隊 短期派遣で中国大連

その後、JICAシニア海外ボランティアで長期派遣を目指すが、既往症の右腎細胞癌を理由に健康診断結果で一次試験で不合格が続く・・・。旅立てない苛立ち、悲しみ、悔しさでいっぱい。

2009年2月 JICA日系社会シニアボランティア派遣合格 (右腎摘出術後3年経過)

2009年3月 JICA日系社会シニアボランティア 日本語教育 技術補完研修(JICA横浜にて)
2009年4月-6月 JICA日系社会シニアボランティア 訓練(主に語学訓練)(JICA横浜にて)

2009年7月-2011年6月 JICA日系社会シニアボランティア ブラジル派遣(聖南西地区担当)

2011年7月1日 帰国

20011年8月下旬より 中国大連に赴任よてい

人生、思ったとおりにいかないことばかり、でも、いろんなところで、思いがけない出会いがあったり、生きていると損することも得することもたくさんあって、これからのmhkの未来は誰もわからない。でも、この未来がわからないことを、人は「可能性」と呼んでいるのかな?って思う。旅路は続く、どこまでも。どんな路が待っているか、誰もわからない、路を見失うこともあるかもしれない、路をちょっとはずれちゃうこともあるかもしれない、外れているけど、路が見えるところを歩いているかもしれない。路がなくなっちゃうかもしれない。でも、その時は路を作ればいいと思う。

これから、どんなことが起こるかわからないけど、過去に出会った人たち全てに感謝し、頑張って歩いていこうと思う。

人と人が出会って、お互いに感謝の気持ちをもって、感謝と感謝の気持ちが出会う時、その中から大きな力、素敵なモノが生まれることを、この2年間のブラジルでの活動で知ることができた。それは、mhkにとって、なによりの宝物!

思い出のブラジルの鳥~Registroの鳥デジスコ編5

お茶処は霧が育むと言いますが、mhkの巡回していた学校のあるRegistroもブラジルのお茶処なのです。そして、霧が多いのです。

鳥撮りは朝が勝負なので、巡回先の校長先生のお庭で朝7:00からスタンバってたのですが、この日は濃霧。見えない!!!でも、霧の中に沢山の鳥達の姿・・・。ピンと合わないけど・・・。だって、お庭はこんな感じ・・・↓

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この校長先生は先生になる前は農業を営んでいたので、お庭ってこんな感じです。場所によっては荒れ野に見えますが・・・。(あ、失礼か・・・)

霧の中でイネ科の植物の中に群れでいたオナガカエデチョウのみなさん。赤いゴーグル、赤い仮面の持ち主です。ここまで鈴なりなんです・・・。大騒ぎしながらいましたよ。体長11cmのチビチビくんたちです。

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霧でピンと合いにくいんだけど、露で濡れた草がキラキラ、なんかいい雰囲気でした。

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和名:オナガカエデチョウ ポルトガル語名:Bico-de-lacre 英語名:Common Waxbill 学名:Estrilda astrild

2011年7月 2日 (土)

思い出のブラジルの鳥~Registroの鳥デジスコ編4

帰国して、2年過ごしたブラジルの風景は思い出となりました。いつも見ていたごく日常的な風景・・・何だか不思議。今JICAの宿泊施設にいて、ついこの間までの日常が遠く地球半周した遠いところで起こっていたことなんだ・・・って、その事実がまだ受け入れられないような、ふわふわした気持ち。

帰国前の最後のブラジルでの鳥撮り。マンゴーによく似た味の果物が訪れた学校の校長先生のお庭になっていました。その実をむさぼり食っているインコのお仲間。

これは地球半周したところで起こっていたことなんですね。そんな写真がmhkのパソコンのハードディスクにいっぱいです。

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和名:オナガミドリインコ ポルトガル語名:periquito-rico 英語名:Plain Parakeet 学名:Brotogeris tirica

2011年7月 1日 (金)

mhkの旅路 ブラジルから帰国 東京編1

2011年6月26日(日)(ブラジル時間)
ソロカバの文協の役員さんお二人に車で送ってもらって、任地ソロカバからサンパウロのニッケイパレスホテルに移動。この2年とてもお世話になった、そして活動中に心の支えになってもらったお二人です。

2011年6月29日(水)
Guarulhos空港から出発。
2年間お世話になった現地ソロカバの先生、青年ボランティア、聖南西地区の青年ボランティアの配属先のみなさん、そして、JICAサンパウロ支所の皆さんに見送られての出発でした。

2009年派遣のボランティア(mhkの同期ボランティア)みんなの荷物がニッケイパレスホテルからバスに積み込まれました!すごい量です。2年分の思い出です。

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空港で巡回先の一つでもあるピラール・ド・スール日本語学校の皆さんとピラール配属の青年ボランティアと一緒に記念撮影!

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最後に、ソロカバの文協役員さんと現地教師の先生と2010年派遣の青年ボランティアと一緒に記念撮影!本当にお世話になりました!!!!

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2011年6月29日(水)20:50(ブラジル時間)発のDL104便にてGuarulhos空港を出発!ブラジルにお別れしました。

2005年12月に腎癌が見つかって、JICA青年ボランティアネパール派遣中止から再度挑戦したJICAボランティア、2年の任期を全うできたのは、ここに写っている方たちをはじめ、JICAブラジル事務所の皆さん、聖南西、ソロカバの配属先の皆様、ともに一緒に働いた現地教師の皆さん、青年ボランティアの皆さんたちのおかげです。ブラジル日系社会に出会えて、mhkは本当に幸せでした。また、いつか会う日まで!!!

2011年7月1日(金)無事成田着。日本に到着。帰国手続き等あるので、故郷の福岡に戻るのは5日になります。

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