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2012年2月20日 (月)

腎がんから6年という歳月 D7000の本格デビュー

去年7月にブラジルから帰国し、8月終わりに大連赴任する間に2ヵ月弱日本にいましたが、その時に、それまで持っていたNikonの一眼D90のボディを売って、D7000を購入しました。でも、短い日本滞在の間に入院する羽目になり、せっかく購入したD7000は使わないまま大連渡航。

渡航前は大学が準備してくれた住居の様子がわからなかったし、退院後のばたばたの赴任だったので荷物の準備をする時間もなく、デジスコ機材と一眼は日本でお留守番させました。

今回の一時帰国で再会したD7000ですが、ほとんど使ってないD7000なのにSDスロットが故障、修理に。そして、再び入院。

せっかく購入したD7000、使うチャンスもないし、乳がん検診受けて確定診断出るまで時間もかかり、写欲も起こらなくなり・・・って感じでした。

さて、6年前に腎がんが見つかり右腎摘出術を受けたのですが、その時に同じ病棟に入院した妹がmhkの手術のちょうど1週間後に出産したのですが、その時に生まれたのが妹の次女、mhkの姪です。

彼女の年齢はmhkの腎がんの術後年数と同じなのです。去年の12月の終わりに6歳となりました。今年の4月から小学生です。

この子の保育園最後の発表会が18日にありました。ダンスもお歌も大好きなこの子は発表会はそれは楽しみ。ばあちゃん(mhkの母)にプログラム見せて、これとこれに出る!と嬉しそうに説明してました。

ところが、先週月曜くらいから風邪を引いたらしく、妹が勤務が休みの水曜に用心して保育園を休ませたのですが、木曜に熱が出て実家の我が家で預かってました。金曜もやっぱり熱が下がりません。金曜の午後なんか39.7℃まで上がり、うちでぐったり寝ていました。夜も40℃出たと妹が言ってました。

まず発表会は出られないなと思ってたら、土曜当日に37℃台に下がったらしく、妹が病院に連れて行ったら、胸のX線写真を撮ったところ肺炎にはなっておらず、医師も「出るのを禁止」までは言わず、でも、「あんまり勧めない」との見解(当然ですね。)

妹も発表会に出るのを諦めさせようと説得を試みるも、「どうしても出たい。」と譲らなかったそうです。それで、具合が悪くなったら連れて帰ろうということで連れて行くことになり、実家にも連絡が。妹は来ないでいいよと言ってたけど、まぁ保育園最後の発表会だし、両親(爺&婆)とmhkで行ってきました。mhkはもちろんD7000連れて行きました。

舞台は暗めなので、ISO1600でSSを稼ぎ連写でぱちぱち。一生懸命合奏、合唱、プリキュアのお踊り、白雪姫のお芝居を精一杯頑張る姿にちょっと感動。久々に鳥さん以外に写欲がわいたことでした。

写真はブログではお見せできませんが、プリキュアのダンスでジャンプしたとことかもバッチリ!ISO1600でも綺麗ですねぇ~。調子に乗って連写で撮ったもんだから8GBのSDカードをスロット1,2の両方に入れてたけど、いつのまにか2枚目にいっちゃってました!

膨大な写真の量から気に入ったのを50枚弱選んで妹に渡しました。

シャッターを押している時も感動して涙腺うるうるしちゃいましたが、写真の整理していると、姪の精一杯頑張る姿がそこにあって、また感動が新たにこみあげてきました。

この子の成長がmhkの腎がん後の月日の積み重なりでもあるのですよね。

乳がんになってがっかりですが、担当の外科医の対応には不信感もあって、疑心暗鬼になることもありますが、腎がんと同様乗り越えていきたいものです。

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コメント

こんばんはぁ~
発表会出れて良かったすねぇ~!
自分は子供たち撮る為にデジ一買いましたぁ~
銀塩のレンズがカビてたってものあったんですが...
子供たちの成長の記録をと思っていたのですが
途中から鳥メインに...(笑)
でも発表会とか運動会は2000~3000枚超えすぅ~
現像大変...
子供の成長は早いんで良い記録ですねぇ~

hina02さん:
銀塩のレンズかびちゃったんですか?mhkはカメラ始めようと思った時に何買っていいかわからないから、友人が使ってない古いカメラを借りて練習したことがあります。その時の銀塩カメラのレンズもかびてて、まず最初に修理に出したんですよ。\6,000かかりましたけど、綺麗になりましたね。

それがペンタックスのSPでした。バヨネットじゃなくてスクリューマウントの。そのカメラまだISOじゃなくてASAって書いてありました。

そのカメラを持ってカメラの使い方初級編みたいな講座を受けに行ったことがあるのですが、講師の説明がちんぷんかんぷん。それもそのはず・・・mhkが生まれる前に作られたSPはフルマニュアルのカメラだったので、講師のいう「絞り優先モード」なんてなかったんですよ・・・。

初めて手にしたカメラがフルマニュアルで絞りとSSとISO感度について考えることなく写真を撮ることはできなかったので、写真の用語は苦労せずに済みましたね。手動でかちゃかちゃ羽を広げたり閉じたりして絞りを変える仕組みのレンズを扱ったことがあると、被写界深度の話はわかりやすいですもんね。

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