カテゴリー「03.腎細胞癌 経過観察」の18件の記事

2009年6月 8日 (月)

派遣前訓練終了~渡航前の最後の腎ガン術後経過検診~

日系社会ボランティアの派遣前訓練が2009年6月5日に終了しました。訓練中に不正出血があって、訓練後半は不安もありましたが、痛みが伴ったりなど体調不良ということはなかったので、約3年半前の腎ガンが発覚して青年海外協力隊ネパール派遣が訓練直前に中止になった時のようなことはない筈!と自分に言い聞かせながら語学訓練に励んでました。

不安はあっても、やらないといけないことがたくさんあったため、それに集中している間はくよくよ考えないで済んだのかもしれません。お勉強している時以外は時々考え込んでしまう時間もあったけど・・・。

訓練終了の2日前に検査結果で異常なしと出て、すべては『終わりよければ全てよし!』ってところです。(気分はちょっと綱渡り・・・でした)

6日に九州の我が家に戻り、7日は小学2年生の姪の運動会でカメラマンしました。早朝から母を手伝ってお握り作って・・・・結局のんびりモードにならないままブラジル渡航する気がする・・・。

本日 8日(月)は泌尿器科へいつもの腎がん術後経過検査でした。もっとも、不正出血で先月横浜の泌尿器科に行った際に血液検査してたから、その結果を持っていって、尿検査onlyで済みましたけどね。泌尿器科の方は予約してたので朝9:30前には診察終了してました。

で、問題は産婦人科の方。初診は電話予約できないのです。それで、受付の際に横浜の病院の紹介状があると言って予約している泌尿器科と別に産婦人科を受診したいと申し入れておき、紹介状は産婦人科に回していただきました。

泌尿器科診察終了後に産婦人科にカルテを渡し、待合室で待つこと2時間半以上・・・・ようやく先生の診察が始まったのは12時をとっくに過ぎていました。不正出血の原因はほぼポリープだったようだし、組織検査もシロ、子宮頸がん検診も異常なしで、問題なかったんだけど、2年ブラジルに渡航するし、一応子宮体がん検診もやっておこういかなって思ったわけです。そのために横浜でした処置、結果を紹介状に書いてもらってきたのです。(JICAに出したのとは別にね)

もう横浜の産婦人科で診てもらうことはないし、検査結果を福岡の病院においておきたかったんですよね。

というわけで、別に具合が悪いわけでもないのに、2時間半以上待ってMRIの予約をしてきました。産婦人科の先生とのやりとりについては、また今度!(ちょっと笑えるエピソードありました)coldsweats01

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2009年4月 6日 (月)

JICA顧問医師による総合判定~腎癌術後3年経過!派遣前訓練に向かう前夜の決意~

日系社会シニア・ボランティア、あさってH.21.4.8から派遣前訓練がスタートです。九州のmhkは前泊しないと朝一横浜につくのは無理なので、明日JICA横浜に移動します。

荷造り終わってほっとしたとこ。

合格発表H.21.2.18
日本語教育 技術補完研修 H.21.3.9~H.21.3.19
派遣前訓練 H.21.4.8~H.21.6.5

3月末まで仕事してたmhkにはなんともあわただしいスケジュールでした。

ところで、技術補完研修に行っている間にJICAのほうから、応募時に提出していた健康診断のJICA顧問医師による総合判定結果が自宅に届いていました。

腎癌発覚で青年海外協力隊ネパール派遣が中止になって3年。既往症の腎癌を理由に一次選考不合格が2回。

1度目はJICAシニア海外ボランティアH.19年春募集
2度目はJOCAが実施部門になった日本文化発信プログラム H.20.5月~7月募集分

そして、今回のH.20年度秋募集の日系社会シニア・ボランティアでクリア!その総合判定のJICA顧問医師のコメントはコチラです。

Comment





















総合判定:B
応募時健康診断・JICA顧問医コメント:
3年前の右腎臓摘出の影響と思われる軽度の腎機能低下を認めますが、経過観察のみで良いでしょう。

A:異常なし
B:異常所見はあるが、治療を要するほどではない
C:有所見者(派遣中も治療継続が必要
C':条件付派遣者(派遣中も定期的な検査結果を含む経過報告が必要)
D:健康上は派遣不可

19年度春募集のときはこれがD判定できたので、本当に落ち込みました。その時の記事がコチラ。そして、夢が絶たれたかと悲しくて主治医の先生を訪ねて元気をもらえた出来事がコチラの記事。3年経過して晴れてJICA顧問医のお許しがでたんですねぇ~

癌という病気になって、健康体を取り戻しても周囲の状況が、なかなか健康体の人扱いしてもらえず苦しい思いをされている方へ:
病気の程度にもよるとは思いますが、あきらめないでチャレンジすると時間が解決してくれることもあります。mhkはとても頼りになる主治医の先生に相談してチャレンジを続けることができました。一度しかない人生ですから、mhkの体験を何かの参考にしていただければ幸いです。(青年海外協力隊、日系社会青年ボランティアの場合はシニアと違って、長期派遣は2年行きっぱなしです。だから、赴任して半年~1年半の間に1ヶ月健康診断を日本で受けることも可能なシニアの場合と顧問医師の判断は変わる可能性もあります。)

病気のことは人によって経過が違うので、一概にどうだってことは言えません。ただ、癌という病気に遭遇しようがしまいが、人生どう歩くかは自分で決めていいのだということは普遍的ですね。

8日からの訓練を無事乗り切ってブラジルの地を踏んで誰かのお役に少しでも立てるといいなぁと思います。がんばってきますねぇ~!

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2009年2月24日 (火)

腎癌と海外ボランティア~その足跡~

もともと理系のmhkは、ちょっとしたきっかけで日本語教育の方に興味を引かれ、日本語教師要請講座を受講し、日本語教育能力検定資格を取得、オーストラリア、メルボルンへ!

帰国後、1年働き学費を貯めて、社会人入学で日本語教育の大学院へ。

修士2年生の時・・・・
2004年 JICA 青年海外協力隊 秋募集(2年) 一次選考通過後二次選考で不合格

修士修了後に働きながら再び挑戦
2005年 JICA 青年海外協力隊 春募集(2年)8月に合格 17年度3次隊 派遣国:ネパール

2005年11月末 退職
退職の前日にたまたま受けた派遣けんぽの健診で腹部エコー検査で右腎臓精査要
その日のうちに別の病院でCT検査 →右腎腫瘤と診断(放射線科で説明、泌尿器科受診要と)
2005年12月1日 泌尿器科で 右腎細胞癌と診断
2005年12月20日 右腎摘出術(腹腔鏡補助か下による)
2005年12月28日 JICA顧問医師の判断によりネパール派遣中止
2005年12月29日 退院

2006年7月 JICA青年海外協力隊 短期ボランティアに応募 8月合格
2006年9月~2007年1月 中国 大連に派遣

派遣中にmhkは青年海外協力隊の対象年齢からシニア海外ボランティアの対象年齢へ。

2007年3月JICA短期シニア海外ボランティア(任地:トンガ)に応募、
   面接後、要請不適もしくは競合で不合格
2007年JICA シニア海外ボランティア 春募集 『既往症腎癌』を理由に6月一次不合格
2008年3月JICA 短期シニア海外ボランティア(任地:シリア)に応募
   面接後 要請には不合格登録予定派遣に。
2008年5月~7月外務省プログラム 日本文化発信プログラム(任地:東欧4カ国 2年)に応募
   『既往症腎癌』を理由に一次不合格

2008年JICA 日系社会シニア・ボランティア(2年)に応募 2009年2月18日合格
 任地:ブラジル サンパウロ州 ソロカバ市

以下、長期の日系社会シニア・ボランティアと併願した短期ボランティア
2008年11月JICA 短期シニア海外ボランティア(任地:ベトナム、スリランカ)
  面接後、 要請には不合格登録予定派遣に。
2009年1月JICA 短期シニア海外ボランティア(任地:ヨルダン)
 面接不要と通知、選考結果:技術面の不足による不合格

さて、さて、まぁ~よくめげずに受けたね。これが技量不足を指摘されただけで不合格なら方向性をもちょっと考えたけど、腎癌術後に受けた長期派遣のJICAボランティアについては2回続けて『既往症の腎癌』を理由に一次選考不合格。

じゃあ、二次選考に進んでいたらどう評価されたのだろう~。それを知らないうちには諦められる心境じゃなかった。二次選考でNGとされたら、少し方向性を変えようかなって思った矢先、日系社会シニア・ボランティアの一次選考に通過。それが2008年12月9日のこと。

そして2009年2月3日に二次選考試験に臨み、2月18日に合格通知

不合格の文字がいくつあるの?改めて物好きなmhkさんらしぃねぇ~。

強運なことに、ネパール派遣が決まる半年前の16年度秋募集の青年海外協力隊に不合格なのです。この時、社会人入学の大学院在学中でした。これに合格していたら、青年海外協力隊の応募のための健診には腹部エコー検査はないので、当然腎癌はみつかってなかったでしょう。尿検査、血液検査では異常値がでていなくてエコー検査をしていなければ腎癌は見つからなかった

この16年度秋募集に不合格だったからこそ、大学院修士課程を修了後に一度働く必要ができて、派遣社員として半年契約の仕事に就きながら再び17年度春募集の青年海外協力隊に応募したのです。働いた際に所属した派遣けんぽが提供していた健診メニューを選んだらクリニックで当初予約しなかった腹部エコーのメニューを勝手に追加されて、それで腎癌が発覚。エコーでも見つかるにしても最小の大きさだったそうです。詳しくはコチラ

mhkは16年度秋募集の青年海外協力隊に不合格だったからこそ、今を生きているのかもしれません。不合格は次へのチャンスをもたらすものでもあるのです。

そしてね、青年海外協力隊の応募用健診の検査項目には腹部エコー検査はなかったのですが、ネパール派遣が決まった後、ふとネパールに派遣されている間に40歳になるな、通常会社に所属していると40歳には胃カメラ等の詳しい健診は受けるし、38歳だったけど、派遣けんぽで安く健診を受けられるメニューがあるなら派遣前に受診しておくか!って思い立ったのが健診を受けた動機でした。

青年海外協力隊は長期派遣が実現しなかったmhkですが、今生きているのは青年海外協力隊のおかげでもあるのです。

人間、何がチャンスをもたらすかわかりません。そのことを教えられた3年間、苦しいこともあったけど、決して無駄ではない3年だったのです。

そして、その3年を無駄にしないように与えられたチャンスを活かせるように精進したいと思います。

失敗は成功の母

このコトバは決して負け組の負け惜しみではありません。何が失敗で、何が成功か、それを簡単に決められるほど人生は単純ではないのです。もっとも、mhkは勝ち組、負け組というコトバも好きではありませんが。人間を2種類に分けてしまうなんて不可能ですもの!また、分けてはいけないと思います。

 

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2009年2月21日 (土)

道が開けたわけですね~腎癌術後経過検診 術後3年~

H.21.12.16(月)は午前中半日年休とって、腎癌術後経過検診でした。CT検査はJICA日系社会シニア・ボランティアの応募用に診断書を書いてもらいに行った際に、先生が『CT撮影して、その結果を診断書に書こう』とおっしゃったので、通常より早めに10月に済んでいました。

だから今回は術後3年たったのですが、通常の血液検査と尿検査だけ。

それも、1月にJICA短期ボランティア応募用の健診を受けた際に同じ検査項目があるから、その結果シートを持参して先生にお見せしただけです。

先生はいつも、近い日に応募用か会社の健診を受けていたら、その結果を持ってきてもらえば採血、尿検査はしなくていいよって言ってくださるのです。(いつも助かります。そして、自分が所属している健康保険に対してもよいのでね。自己負担は3割ですが、7割は健康保険の方に負担されているので、なるべく必要ない検査はしたくないです。手術の際は高額医療費として随分返してもらいましたしね。健康保険は助け合いの精神なので、自分が病気の時は他の人に負担してもらう、でも、必要ない分はなるべく支出を抑えたいものね。)

さて、そういうわけで、今回は診察only。呼ばれて診察室へ。

先生:1月に受けたわけですね。(健診を)クレアチニン1.04 それで、この値(クレアチニンの)は今回(JICA顧問医師から)どう判断されました?(← 実はこの値は短期用の健診だったので、長期の日系社会シニア・ボランティアの一次選考用の健診は10月に受けた値なんだけど・・・ま、訂正する必要もないし、クレアチニンの値自体も変らないし。あと、クレアチニンの値で引っかかっているわけじゃなくて、既往症の腎癌で引っかかってたんだけどね。ま、いいか!)
mhk:あ、今回は一次選考パスしました。健康問題はひっかかりませんでした。
先生:よかったですね。道が開けたわけですね
mhk:はい、ありがとうございます。ただ今回は応募人数がかなり多く(11名の枠に59名応募して一次選考パスが29名だったし)、3日に二次選考の筆記試験、面接を受けに東京に行ったのですけど、結果はわかりません。
先生:そういう問題もあるんですね。(← 二次選考のことだと思う)で、行くとしたらいつから?
mhk:横浜研修が3月に11日間、4月~6月の最初まで2ヶ月ちょっと、その後、6月か7月に実際の派遣です。(← 合格後は7月派遣がはっきりしたけど、この時点ではどの要請に受かるかわからず、要請内容によって6月派遣と7月派遣があったのです。)
先生:あ、何年いくの?
mhk:2年です。でも、1年後に健康診断の目的で1ヶ月ほどは一時帰国できますから。
先生:じゃあ、その一時帰国中に検査にはこれますね。
mhk:はい。
先生:じゃあ、今度はいつなら確実に福岡にいる?
mhk:受かったとしても、研修(派遣前訓練のこと)が6/5までなので、どんなに派遣が早くても、次の週には確実に福岡です。
先生:じゃあ、次の週に・・・
mhk:6月8日(月)はどうでしょう?
先生:いいですよ。予約しましょう。

診察はこんな感じでした。この3年という月日の中で随分先生には派遣実現のために診断書を書いていただきました。最初は、入院中にネパール派遣が中止にならないようにと一通。その半年後に短期の青年海外協力隊で大連に行く際にも、先生が2回もJICA宛の診断書を書いてくださって、派遣が実現しました。

そして、19年度春募集の長期のシニア海外ボランティアの応募で一次選考がダメだった時に訪れた際に、『(JICA顧問医師)は保身を考えているとしか思えない!』とmhkがしょんぼりして怒る気力もない時に、腹を立ててくれました。その様子に随分励まされたものです。

その後受けた短期ボランティアは結果的には面接後に合格できなかったけど、応募用の健診で腹部エコーで(残った)左腎臓に結石ありとされた際もその直前に受けたCT結果を基に結石はなしという診断書を書いてもらいました。腎癌で右腎臓摘出して残った左腎に結石ありと(別の病院で応募用に受けた健診項目の腹部エコーの結果で)言われてションボリしてたmhkですが、『誤診の可能性がありますよ。結石の検出の点ではCTの方がエコーより能力が高いからね。』って先生に言われて、ほっと一安心したものです。

考えてみれば、腎癌という病気に遭遇して治療が終わってからのこの3年何度も何度も診断書を書いてもらいました。内心はまだあきらめてないのかと呆れてたかもしれませんが、億尾にも出さず、淡々と処理していただきました。

そして、ようやく長期派遣の一次選考をクリアした際に、一言『道が開けたわけですね。』と。ごく短いコトバでしたが、とても温かいものを感じました。そう、道が開けたのです。

その診察の2日後、二次選考もクリア。まさに道が開けました。

mhkの腎癌という病気は治療自体はすぐ済んでしまうほど初期でした。再発の心配もほとんどないほどのもの。でも、既往症に癌という名前の病気があることの窮屈さで、時には息が詰まるほどのこともありました。それは自分の弱さというものを再認識させるもので、自分のことが情けなくて情けなくてたまらなくもなりました。

でも、人間というものは弱いのだ、それ自体は恥ずかしい事ではないのだ、弱いということ自体を受け入れて、道を進んでいけばよいのだということが自分の中で受け入れられるようになりました。

3年かかった、この迷路、迷路を歩いているうちに、いろんなことを学んだ気がします。二次選考合格前だったんですけど、主治医の先生の『道が開けたわけですね。』という短いコトバはmhkの中にほっとするものをもたらしたのでした。

この3年、mhkが学んだことは『人間は一人では生きてはいけない』ということだったのかもしれません。家族、友人、医師、看護師のみなさん、いろんな人に支えられていることを実感した3年でした。

生きる時間が長くなっていけばいくほど、いろんな人に対する感謝の気持ちが増えていくものなのですよね。

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2008年12月 1日 (月)

腎癌とデジスコ~3年前の今日腎癌という病気に遭遇しました~

2005年12月1日 3年前の今日、mhkは医師に『腎細胞癌』という病名を告げられました。その2日前に偶然受けた腹部エコー検査で右腎臓に腫瘤があるので精密検査~CT検査~を受けるように言われ、その日のうちに紹介状を持って訪れた病院。

その日は泌尿器科の先生達は手術で出払っているのでCT検査を受けた放射線科の先生に『エコー検査でも言われたように右腎臓に腫瘤があるよ。放っておいていいものじゃないので泌尿器科を受診しなさい。』と言われていました。

翌々日、つまり3年前の今日、その病院の泌尿器科を訪れたら初診でいきなり『右腎細胞癌』という病気を告げられたのです。

告げられた20日後には手術を受け、10日で退院し、体力を失う事もなく、通常の生活をしております。体は何ともありません。健康そのもの!でも、この3年間『既往症の腎癌』という重いお荷物を抱えて、なかなか思い通りにいきません。

3年前、腎癌という病名を告げられなければ、入院なんかしなければ12月半ばから東京で研修を受けて、1月から長野県駒ヶ根で訓練を受けて、青年海外協力隊員としてネパール、カトマンズに派遣される予定でした。それが派遣中止となり、4ヶ月の大連への短期派遣の青年海外協力隊員にはなれたのですが、いまだに長期派遣のボランティアは実現していません。

とてもこの既往症の腎癌は重いです。

でも、日本にいる間にしかできないことは?とカメラで日本の樹木、お花を写すことを始めて、そのうち学生時代の鳥好きの心がむずむずしてきて、デジスコとの出会いがありました。

そして、今デジスコライフにどっぷりつかり、日本にいる間は日本の鳥さんと戯れていようとおもいます。鳥は可愛いだけじゃなく、その厳しい自然の中で生命を全うしています。その姿をデジスコを通して見つめ、今ある自身の命のありがたさを噛み締めています。

mhk自身の諦めない志を大切にしたいので、失敗しても、『既往症の腎癌』を理由に一次選考ではねられても、挑戦しています。結果はどうなるかわかりませんが、たった一度の人生ですから何もしないで諦めるより挑戦を続けたいと思っています。

今日の写真はジョウビタキ♂ ジョビ君。去年から始めたデジスコで、冬鳥のジョビ君に今年の3月最後に会った同じところで、11月に偶然お目にかかりました。同じ個体ではないのでしょうが、なんだか味わい深いものがありました。mhkは幸せな再会モード~heart04

3月JICAボランティアへの派遣がらみの健診結果にちょっと落ち込みモードだった時に、最後のお別れに来てくれたようで、なんだか励まされている感じがしたのですよ。その同じ場所で再び会えたのは偶然でしょうか。何かよいことがある予感がします。幸せを運んできてくれたのかしら?いえいえ、再び出会えただけで幸せですとも、ジョビ君!

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縁とは不思議なもの。腎癌にならなければデジスコに出会わなかったかも。そして、このジョビ君にも出会わなかったかも。もちろん、ジョウビタキという鳥は昔から知っていますし、庭にもよく来ます。でも、カメラを通して見つめる時と、ただ観察するのって違うんですよね。カメラで写そうとその個体を必死で見つめると、被写体とのやり取りの中で、mhkの心の何かがその被写体と呼応しているような気がするのです。そんなやり取りの中でmhkの中になにか心地よいものが生まれてくるのです。このジョビくんからもmhkはたくさんのものを受け取ったんですよ。

因みに3月にお別れしたジョビ君はコチラ (スコープがこの時はGEOMAⅡ52-Sだったのですが、今回はGEOMAⅡ67-Sとなり、対物レンズの径が大きくなった分、距離が離れていても綺麗に写ってます!)

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2008年9月 8日 (月)

腎癌経過観察 検査結果-2年8ヶ月後-

2008年9月1日(月)

いつもの術後経過検診に行ってきました。血液検査と尿検査のみです。午前中だけ年休とって行ってきました。朝8:30に病院着。採血、採尿の後検査結果が出るまで1時間くらい待合室でぼやぁっとしている。大抵最近はデジスコの本、カメラ関係のカタログを読んでることが多いかな。

さて、待っていると、いつもより診察の時間が長い患者さんが多い。その患者さんが出てきて、待合室で看護師さんから説明を受けているのが聞こえちゃうんだけど・・・・。

その日の患者さんは比較的mhkと年が近そうな働き盛りの男性が多かった。診察が長かった人はこの病院初めての人で、今から放射線科の方で検査があるらしく、レントゲン室への行き方を看護師さんが説明していた。泌尿器科は1階にある。レントゲン室も1階。とても行き方は簡単。でも、説明を受けている患者さんの顔は看護師さんを凝視している。とても不安そうな目。そう、2005年の12月に癌という病名を告げられ、その後いろんな検査する際に看護師さんから説明を受けた時のmhkもあんな顔をしてたと思う。その男性のお顔を見ていると、何ともいえない、とても悲しい気持ちになった。あの気持ちは忘れられない。とても胸が痛くなった。

病気を告げられた時、その病気自体に対する不安、初期かそうじゃないかによっても違うだろう。初期でも、手術した後社会に再び受け入れてもらえるのかという不安。mhkは初期の癌で病気自体は完治すると、病名を告げられた時でさえ疑わなかったので、不安の大半は完治した後の仕事の事だった。せっかく受かったネパール派遣はどうなるのかってことだった。

全身その不安だらけで、体全体が悲しかった。その男性の不安そうな顔を見ていると、不安だった当時の思いがよみがえってくるようだった。心に鉛の重しでもつけられたように苦しくなった。

少し吐き気もしてきた。手術できるような大きな病院は、他の病院からの紹介状持った患者さんがくるから、手術が必要な患者さんが集まってくるんですよね。

ちょっと気分が悪かった時に先生の大きな声が聞こえてきた。毎度のことながら(変わるわけないけど)大きな声・・・・。

先生:mhkさ~ん。

診察室に入ると・・・
先生:この間の診察の時から3ヶ月、お変わりありませんでした?
mhk:はい。
先生:え?調子は?
mhk:特に。
先生:そうですか。あのねえ白血球が低いですけど、(コンピュータの画面を示される。数値は2800)何か内科的な治療を受けているということはありませんか?
mhk:ありません。もともと3000の低い方の数値が多くて、基準値よりは低いことがほとんどです。(とはいっても3000切ったのは初めてだな・・・。)
先生:(前のデータを比べて)でも、去年の12月は5800あるよ。
mhk:(驚く!!!)大抵3000の下の方が多いので、それは私にしては驚異的に大きな数値ですね。(気がつかなかった。4000超えることほとんどないのに・・・5800だったことあったんだねぇ・・・風邪引いてたかも・・・。)
先生:そうね、大体3000台の低いほうだね。今回はクレアチニンは1.0でしたよ。
mhk:(ちょっとうれしい。手術直後は1.1で、その後は1.1か1.0のことが多くかったけど真夏は時々1.2とかになることもあったし・・・とりあえず左だけの腎臓は頑張っているらしい・・)そうですか。

その後は次の検査の日を決めて、先生からプリントアウトした血液検査結果のシートを手渡された。

診察が終わろうとしたときにmhkは日本文化発信プログラムの件を話した。
mhk:JICAのような組織(JOCAのこと)が実施するんですけど、今年から始まった外務省事業のボランティアでODA卒業国の東欧の国への派遣に応募したんですけど、また既往症の腎癌で一次選考ではねられました。JICAのボランティアの対象国の開発途上国に比べて医療事情もいいので少しは健康問題に関してハードルが低いかと思ったのですけど。長期派遣で派遣前に国内で80日間の研修があるんですけど、その国内の研修期間および赴任期間にかけられる海外保険に入れないからだめだそうです。
先生:保険会社がなの?
mhk:そうみたいです。
先生:それが何年たってもだめなの?
mhk:そこまではわからないのですけど。
先生:保険会社が保険に入れないっていうのならどうしようもないね。(診断書を書いてもってことだと思う)でも、もうすぐ(術後)3年だし、そしたら少し変わるかもね。
mhk:はい。

この件で先生に何かをしてもらいたいという事はなかった。診断書を書いてもらったとしても保険会社の判断は覆らなかっただろうからね。

初期の癌で手術のために要した入院期間はたったの10日間。その後自宅療養も必要なく、会社勤めしていたらそのまま働き続けられたであろう、大した病気ではなかった。
が、これが就職だとか海外ボランティアへの応募ではまったく相手にもしてもらえないということ。そのことを医師にも知ってもらいたかった。

日本人の腎癌の患者は増えているという話。mhkのように若い時に癌になったら、もう社会に相手にされないというのでは、せっかくの医療技術の発達がもったいない。今はだめでも医療に携わっている人に、今の現状を知ってもらいたいと思った。

先生から『もうすぐ(術後)3年だし、そしたら少し変わるかもね。』と言われたら、少しだけほっとした。

病院を出た後、コーヒーとクロワッサンを食べて、街中でちょっとショッピング。(鳥撮りの際の雨具を山グッズのお店で購入・・・お洒落心ゼロのmhk・・・。)

待合室で見かけた、今から治療しないといけないであろうあの男性の患者さんのことがあって、気分が重く、普段なら経過検診の後はすぐブログに記事を載せるとこなんだけど、何度も書きかけてはやめてしまった。あの男性の不安そうな顔はまさに2年9ヶ月前に癌という病名を告げられた時のmhkそのものなのだ。

体験しないと絶対にわからないコトってあるんだなって思う。あの不安な気持ちをかかえた時からもうすぐ3年たとうとしているんだな。

mhkは確かに生きている。今から治療を受けないといけない人、あの男性の患者さんも、どうか無事に治療が済みますように。

mhkも今も不安はあるけれど、一歩、一歩歩き続けて、きっと幸せになりますよ!

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2008年6月 3日 (火)

病院の待合室~腎癌経過観察術後2年5ヶ月の検査の時~

昨日からちょっと胃がお疲れ気味。
昨日術後経過観察の検査に行ってきて、結果はクレアチニンがちょっぴり高かったのだけど、それは大したことではない。

腎癌が発覚したのが2005年12月1日
右腎摘出術を受けたのは12月20日でした。

告知が12月1日、2日、5日に転移等の検査をして、検査後治療方針を伺ったのが5日でした。

その時の検査項目が腎シンチ、骨シンチ、肺の単純CTでしたが、それらの検査項目を待合室で耳にすると、心がちくちくって痛みます。

mhkが受診しているのは泌尿器科外来ですから、当時のmhkと同じような検査の説明を受けている患者さんが周りにいるんですよね。大きい病院ですもん。他のクリニックから手術が必要な患者さんが送り込まれるしね。

うまく説明できないけど、もう病気自体は手術でやっつけてもらって、超初期の癌だったし、今現在完全な健康体でぴんぴんのmhkなんだけど、当時受けた検査項目を耳にする悲しい気持ちになります。

術後の何ヶ月かは、そういうコトバを耳にするとくらくら目眩がしてました。今はそれほどナーバスではないけど。

たまたまmhkは38歳で腎癌になりました。健康保険制度で随分助けられたと思います。年齢が高くなると、この腎癌にかかる確率は高くなります。後期高齢者医療制度・・・保険の助け合いの精神を踏みにじるような制度です。

mhkが2年半前に受けた検査項目の説明を待合室で受けている人もかなり高齢者の方が多いです。どうか、その人達がよい医療サービスが受けられるようにと祈らずにはいられません。

病院に検査に行った後は、何となくナーバスになって、2,3日は食欲ないです。今回は後期高齢者医療制度の導入の後だったせいか、余計に待合室で年配の方を見ると心がいたくなってしまったようです。ちょっと今も胃が痛いです。

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2008年6月 2日 (月)

腎癌経過観察 検査結果-2年5ヶ月後-

暑い中デジスコ出撃した週末の翌日である今日は腎癌術後経過検診でした。coldsweats01

昨日日なたにずっといたせいか、水分補給は気をつけていたつもりだけど、ちょっと気分が悪くなったし、ちょっと脱水気味だったかしら~と反省。

で、朝一病院に行って採血、尿検査。1時間くらい待ち時間があって、主治医の先生に呼ばれました。

主治医mhkさ~ん!!!(相変わらずデカイ声。絶対、この先生にはマイクは不要!!)
呼ばれて診察室に入る。

主治医:mhkさんねえ、最近は変わりないですか?
mhk:はい。特には。(毎週デジスコ出撃して元気だし・・ね。)
主治医:mhkさん、クレアチニンがまた1.2ですね。(やっぱ、ちょっと高かったね。土日随分汗かいたしなぁ・・・・。)(先生が今までのクレアチニンの結果を並べて示しながら)手術して1.0、1.1をうろうろしているけど、時々ぽこっと上がるね。(去年の9月に1.2になったもんね。)
mhk:去年の9月は外に出て結構汗かいたのに、あんまり水分を補給していなかったです。
主治医:今は?
mhk:今は持って行っているので(飲み物を)気をつけているんですけど・・・。
主治医:じゃあ、そのまま気をつけておいてね。ところで、手術してちょうど2年ですね。mhkさん。
mhk:???(なんで?)え?手術したの2005年の12月20日ですけど?
主治医:え?今何年だっけ?
mhk:2008年です。
主治医:あ、約2年半だね。なんでまちがえたのかな?(カルテをめくっている)あ、前の時(前回の診察の3月3日)に書き間違えている。(多分1年9ヶ月とでも書いてたんでしょ。前回のカルテを書き直してた。)mhkさん、血圧測っている?
mhk:あ、前JICAの応募の時の健診結果を提出していますけど・・。
主治医:(カルテをめくって)ああ、この時の血圧ね。(← 3月にJICAボランティアに応募した時別の病院で受けた健診のエコーで左腎臓に小結石アリと書かれ、先生に相談した際に時提出してたのだ)
mhk:どっちかっていうと血圧は低い方なんですけど。
主治医:そうね。まあ。あなたの場合はそんなに気にしなくていいけど、塩分は気をつけとってください。次は9月に血液検査だけね。いつがいい?
mhk:9月の最初の方ですか?
主治医:そうですよ。
mhk:じゃあいつでもいいです。(9月は上期の締めだし、末は会社が忙しいからね)
主治医:じゃあ9月1日にしましょう。
mhk:はい。

ってなわけで、ちょっと高めだったクレアチニンの値でしたが、そのほかは異常もなく、夏のシーズンは暑くて汗もかなりかくし、水分補給気をつけていても、脱水気味になっちゃうんだろね。

それほど神経質にならなくてもよさそ。去年の9月に1.2になった時は手術直後の値より初めて大きくなったので、先生も心配されたのか1ヶ月後に検査になったけど、今回は3ヶ月後でいいみたいだし!ま夏のシーズンにフィールド出る時は水分補給は特に気をつけておこうと思います。

38歳でみつかった腎癌、手術してもう2年半たったんですねぇ~。mhkは術後できなくなったことはありません!フィールドで鳥さんの写真を元気に撮ってますよぉ~!

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2008年3月 7日 (金)

体の一部がチタンって・・・。

腰痛がひどくなって整形外科受診の時にレントゲン撮ったら、腎摘出術の時に血管縛った金属製のクリップが映ってて、どっきり!!整形外科医はこともなげに、『これは関係ないよ。心配ないよ。』(← 腰痛にはね・・・でも、2年間もそんなもんが自分の体に入ってたなんて知らなかったもんで、軽いショックもあった。) 

クリップ!クリップ!右腎摘術の足跡参照

いや、いや、人間、地球上のこともよくわからないコト多いのに、宇宙に出ようとしているなんて・・・って思ってたけど、自分のコトも謎だらけなんやなぁ~。我が身のことも知らないこと多いのねぇっていうのが、その時の実感。

術後経過の検査に行った時に主治医に聞いたら、そのクリップはチタンとのこと。

へぇ~チタンがmhkの体の中にあるのかぁ~。それ聞いたこの間66歳になったばかりの母は一言。

へぇ~、この間買ったと一緒かぁ~。

うっ!鍋って・・・おっかさん・・・もっと他に言いようはないのかねぇ~。

ブログ読んだお友達のcocoさんは一言

体の一部がチタンでできているとは、カッチョ良いですね。

ははは・・・そういやそうね。人造人間?初期で見つかったから何も症状なくて癌に苦しめられるコトは一切なかったけど、結局人(医師)の手が加えられなければ長生きできなかったmhk、人造人間みたいなもんかねぇ~。

ふっふっふっ!体の一部がチタンでできた女!mhkなんだねぇ~。

え?だから何だって言われたら。。。いえ、何でもございません・・。はい。

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2008年3月 4日 (火)

術後2年2ヶ月後のCTクリア~

昨日3月3日(月) おひな様 桃の節句
腎癌になって右腎臓摘出後2年2ヶ月後のCT検査に行ってきました。

単純CT検査と血液検査、尿検査です。CT検査は去年大連から戻ってすぐの2月16日(金)以来です。

会社は午後半日有休を取って、午後1:00ちょっと前に病院に着。
受付済ませ、泌尿器科へ。
そこで、採血、尿検査、CT検査へ行って、泌尿器科に戻ってくるように看護師さんに指示される。毎度のコトなので慣れているmhk!

採血に行くと・・・。何だかもめている。年配の男性の患者さんと看護師、受付の女性が話している。内科の受診者で、採血して血液検査の結果が出た後、予約の時間の1:30に内科受診なのに、血液検査の方に行くように言われていなかったらしい。

で、その患者さんは、診察の前に血液検査しないといけないんじゃないかと看護師さんに聞いたけど、内科の待合室で待っているように言われたとか・・・。しばらく時間経過した後、もう1度確認したら・・・受付の女性から『先に血液検査にいってもらったらよかったんですよ。』って言われていたようだ。

で、その患者さんはちょっと頭にきて、『それがわかってたから何度も血液検査しなくていいのかって聞いたのに、ここ(内科の待合室)で待つように言われた』と抗議していた。

う~ん。看護師さんがちょっと不慣れだったみたいね。この病院は大きな病院のわりに大学病院ほどは杓子定規じゃないし、看護師、医師の対応は比較的いいんだけど、ちょっとした行き違いだった感じ。最終的にはその受付の女性も謝って、すぐに血液検査するようにと、その患者さんを最優先するようにとなって、結果、mhkはちょっと待たされたのだ。ま、そんなこともあるさ。

さて、採血するまで時間がかかり、採尿して検査するトコに出して、すぐCTに行ったけど、予約の時間を少し過ぎていた。でも、待つことなくCTの撮影に入った。

その後、泌尿器科に戻って、待合室で待っていた。午後は予約の患者のみなので、人は少ない。mhkはCT検査自体が遅れたことはわかっていたので、しばらく結果は来ないなぁって思って、デジスコの本を読みながらのんびりしていた。

最初に受付を済ませて泌尿器科に来た時、検査終わって泌尿器科に戻った時と何故か、その日は主治医の先生に待合室でよくすれ違ったよ。

で、待合室でしばらく待っていて、予定の診察予約の時間が過ぎた頃、看護師さん、主治医が『mhkさんの・・・・』って話しているのが聞こえた。自分の名前が話題になっているようなので、顔を上げると、受付付近にいる主治医に再び目が合った。

ま、CT検査に行ったのが遅かったんだから、まだよねぇ~ってmhk本人はのんきに思ってたので、特に気にしてなかったんだけど、妙に主治医も看護師もmhkのCT検査結果が遅いのを気にされていたようだね。

何と主治医自ら診察室を出て、待合室のmhkのトコロにまでやって来て、『mhkさん、CTの結果まだ来ないから、もう少し待っててくださいね。』 と言われたのにはびっくりしたよ。

待合室にはmhkと1人のお爺さんのみ。
この2年、待合室で主治医に話しかけられてことなんてなかったので、ふと不安になってしまった。初期の癌だったし、再発の確率は極めて低いのだけど、何で、今日に限ってmhkのCT検査結果がちょっと遅いくらいで主治医、看護師がそわそわしているのぉ~??まさか・・・再発???え~!!!もう1個しかないのに、左の腎臓にまで癌が???とちょびっと不安がよぎった頃・・・

また、受付付近で『mhkさん』という声がした。顔を上げると、1人の看護師がもう1人に『もう写真持って、出たって。』(mhkのCT写真に放射線科の医師がコメントつけて、スタッフが運んでいる最中だというコトらしい)と話していた。

しばらくしたら、写真抱えたスタッフが登場。あ、もうすぐ名前呼ばれるなぁって思ってたら、主治医の相変わらず大きな声で、『mhkさん』と呼ばれた。

診察室に入ると・・・
主治医:mhkさん、この間、去年の2月に撮ったCTと変わりはありませんでしたよ。クレアチニンも1.0mg/dl、尿検査も異常はありませんでした。
mhk:あ、はい。(よかったぁ~。いつもとスタッフの様子が違ってたからドキドキしたじゃないのぉ~!!)
主治医:何かお変わりありませんでしたか?
mhk:(先生や看護師さんがいつもと違ってみえたからこわかったよぉ~。←mhk心のつぶやき)特には、腰痛がちょっと悪かったくらいで・・・。
主治医:え、腰痛?
mhk:はい、入院前にぎっくり腰やってからは、あんまりよくないです。
主治医:何か治療は?
mhk:いえ、骨に異常があるわけじゃないので、特にはしないでいいということです。
主治医:コルセットとかは?
mhk:コルセットはしているけど、暑くなってくると、蒸れるので・・・。
主治医:そうねぇ。
mhk:あの、腰痛が酷かった時に整形外科で2年ぶりにレントゲン撮ったんですけど、あの、手術したトコにクリップがたくさん映ってたんですけど、金属なんですか?
主治医:ああ、腎静脈をしばっているクリップだから心配ないですよ。
mhk:あの、飛行機に乗るとき、金属探知器に反応とかは?
主治医:大丈夫だと思いますよ。チタンです。
mhk:そうですか。
主治医:次の検査だけど、あなたがこの付近にいたら、3ヶ月ごとに血液検査、1年ごとにCT検査を考えています。(手術して、半年後にはJICAの青年海外協力隊短期に応募して、中国行ったし、帰国後もシニア海外ボランティア受けた際に診断書書いてもらったりしたので、またどっかに飛んでいくかも・・・といつも思われているのだ)
mhk:今のところ、まだいます。応募するような案件があるかはわかりませんし、4月になってみないとわかりません。
主治医:じゃあ一応6月に予約しておきましょうね。
mhk:はい。

というわけで、全く問題なく、mhkは健康そのものということがわかり、次回の血液検査は6月2日(月)となりました。

で、会計に行く前にちょっと泌尿器科の待合室で待つんだけど、ソファに座っていると、主治医が出てきた、mhkの前に座っている(前から座ってた)お爺さんに、『今から処置する患者さんがいるので、ちょっと待っていてください。今おしっこ我慢してもらって、私が戻ったら測定します。私が戻るのが遅くて、我慢できなかったらトイレに行ってもらって構いません。』と話していた。その後、すぐ電話で(多分入院の病棟の看護師に話してたと思う)『今から処置するけど、50分くらい・・・』と話しながら病棟の方に向かって行かれた。

そう、mhkのCT結果をえらく急がせるようにしていたのは、そのお爺さんや、病棟の患者さんの処置、検査をする必要があり、予定が詰まっていたからだったのだ。

なるほどね・・・いつもと違う先生、看護師の様子に待合室で、もしかして再発??とちょっぴり不安になったけど、そういうわけだったのねぇ~。

と1人頷いていると、看護師さんがmhkにカルテ一式持ってきてくれて、『これ会計にだしてくださいね。お待たせしてすみませんでした。』と一言。

いや、大きな病院のわりに、いつもそんなに待たされていないので、特に不満はないんだけどなぁ・・・・。採血の部屋の前で怒っていた患者さんのように、たまにはちょっとした行き違いがあるにしても、本当に対応のよい病院で助かっています。

あと、mhkの体にはチタンが埋め込まれていることがわかったよ。すでにチタンが体に埋め込まれて2年たつんだねぇ~。一生チタン抱えて生きていくわけかぁ~。





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