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カテゴリー「05.家族」の13件の記事

2014年9月 8日 (月)

さよなら おばあちゃん

8月26日に一時帰国から大連に戻りました。

新しい年度の一学期が9月1日スタート。1日、今学期初めての授業を終えて、翌日の授業の資料の整理をしていたら、夜7:20(日本時間で夜8:20)に母からメール。母方の祖母の血圧が下がり始め、足の色の変化などから医師に今日か明日だと言われていると連絡が入りました。

翌日9月2日の早朝再び母からメール。夜中の2時前に亡くなったとのこと。一度施設から祖母の自宅に連れ帰り、ご近所の人とお別れしてから、斎場で3日夕方お通夜、4日告別式とのこと。

102歳で年に不足はないけれど、子供の頃からとてもかわいがってもらった祖母なので、葬儀には出席したいと思いました。

幸い1年生の会話の授業はまだ始まってないため、3日(水)と4日(木)は授業がなく、それで、5日(金)の2クラス分の授業の代講をどなたかにお願いできれば帰国が可能なので、中国人の上の先生に相談しました。担当の中国人の先生が快く大学への申請をしてくださることになり、あとのことはしておくからとおっしゃっていただけたので、航空券の手配をして、代講の段取りをつけて、3日の飛行機で帰国しました。

3日は空港からそのまま直接斎場へ向かい、お通夜に間に合いました。翌日(4日)12:00から告別式でした。母たち、祖母の子供たちと、7人の孫と11人のひ孫がそろってお見送りしました。子供の頃から孫の中で一番祖母の家に遊びに行っていた・・・ということでmhkが孫代表で弔辞を述べさせてもらいました。

日本に戻る前日は、朝一と夕方最後の授業の合間に代講の段取り資料を作ったり、代講でお願いする資料をコピーしたり、航空券の手配をしたり・・・とばたばたで、なんやかんやで、荷造りが終わったのは夜明け、結局、徹夜になりました。

3日の日本に向かう飛行機の中で、弔辞の構成、アウトラインを考えたのですが、日本に到着後お通夜に出席して、両親と実家に戻ったら、さすがに疲れからか頭痛がひどくて原稿を書くどころではなくなりました。それで、その日はすぐに寝て、4日告別式当日、朝4時起きで原稿を書きました。3年間大学で学生に作文を教えていますが、宿題を出された学生の気持ちがすっご~くわかりました・・・。coldsweats02

読んだ弔辞がこちらです↓

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弔辞の中にある、14年前の5月に撮影した矢車菊はこちら↓ この矢車菊の中で祖母の写真を撮ってあげました。

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祖母の一番好きだった青の矢車菊の写真はないけど、赤紫の矢車菊のアップ↓

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祖母が好きだったクレマチスの花↓

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祖母宅の近くの遠賀川河川敷。菜の花がきれいでした。

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いずれの写真も、2000年5月3日撮影。カメラは、アサヒペンタックスsp。 mhkが初めて手にしたカメラ(フィルムカメラ)です。フルマニュアル。まだレンズがスクリューマウントバヨネットじゃないカメラです。日本語教師の実習で、授業の記録のために写真撮影をしないといけなくて、カメラを知り合いから借りたばかりでした。

カメラの練習のため、まず実家の庭で花の撮影をして、その直後、祖母の庭の花の写真を撮りに行ったんですよね。なので、フィルム入れるの2回目の写真なんです。思いっきり若葉マーク写真です!!練習2回目ですからね・・・。coldsweats01 庭の写真を撮ってたら、祖母が「私も撮ってもらおう!」っと勝手に決めて?よそ行き用のお洋服に着替えて走ってきたんですよ。なので、この時に撮った祖母の写真は、mhkの人物写真第一号です

デジスコではもっぱら鳥の写真撮ってるし、人物写真はいまだに苦手ですが、矢車菊の前で上品に優しげに微笑んでる祖母の写真は、気に入っています。ここには載せませんけどね。

おばあちゃんは編み物が上手で、セーター、カーディガン、ベストなど、子供の頃からたくさん編んでもらいました。夏休み、冬休み、春休みの度に遊びに行ってて、本当にかわいがってもらいました。

102歳、天寿を全うして、18年前に92歳で亡くなったおじいちゃんの元に旅立ちました。おばあちゃん、本当にありがとう!おばあちゃんのおかげで、mhkたち孫の子供時代は心豊かなものになりました。

おばあちゃん、さよなら。

7日に大連に戻りましたが、矢車菊の前で上品に優しげに微笑んでるおばあちゃんの写真は大きく印刷して持って帰ってきたので、今大連のアパートの壁に貼って、mhkが仕事するテーブルの横で微笑みかけてくれてます。

今日は中秋節、秋の訪れとともに逝ったおばあちゃんを思いながら、月を眺めてみようと思います。

2012年2月20日 (月)

腎がんから6年という歳月 D7000の本格デビュー

去年7月にブラジルから帰国し、8月終わりに大連赴任する間に2ヵ月弱日本にいましたが、その時に、それまで持っていたNikonの一眼D90のボディを売って、D7000を購入しました。でも、短い日本滞在の間に入院する羽目になり、せっかく購入したD7000は使わないまま大連渡航。

渡航前は大学が準備してくれた住居の様子がわからなかったし、退院後のばたばたの赴任だったので荷物の準備をする時間もなく、デジスコ機材と一眼は日本でお留守番させました。

今回の一時帰国で再会したD7000ですが、ほとんど使ってないD7000なのにSDスロットが故障、修理に。そして、再び入院。

せっかく購入したD7000、使うチャンスもないし、乳がん検診受けて確定診断出るまで時間もかかり、写欲も起こらなくなり・・・って感じでした。

さて、6年前に腎がんが見つかり右腎摘出術を受けたのですが、その時に同じ病棟に入院した妹がmhkの手術のちょうど1週間後に出産したのですが、その時に生まれたのが妹の次女、mhkの姪です。

彼女の年齢はmhkの腎がんの術後年数と同じなのです。去年の12月の終わりに6歳となりました。今年の4月から小学生です。

この子の保育園最後の発表会が18日にありました。ダンスもお歌も大好きなこの子は発表会はそれは楽しみ。ばあちゃん(mhkの母)にプログラム見せて、これとこれに出る!と嬉しそうに説明してました。

ところが、先週月曜くらいから風邪を引いたらしく、妹が勤務が休みの水曜に用心して保育園を休ませたのですが、木曜に熱が出て実家の我が家で預かってました。金曜もやっぱり熱が下がりません。金曜の午後なんか39.7℃まで上がり、うちでぐったり寝ていました。夜も40℃出たと妹が言ってました。

まず発表会は出られないなと思ってたら、土曜当日に37℃台に下がったらしく、妹が病院に連れて行ったら、胸のX線写真を撮ったところ肺炎にはなっておらず、医師も「出るのを禁止」までは言わず、でも、「あんまり勧めない」との見解(当然ですね。)

妹も発表会に出るのを諦めさせようと説得を試みるも、「どうしても出たい。」と譲らなかったそうです。それで、具合が悪くなったら連れて帰ろうということで連れて行くことになり、実家にも連絡が。妹は来ないでいいよと言ってたけど、まぁ保育園最後の発表会だし、両親(爺&婆)とmhkで行ってきました。mhkはもちろんD7000連れて行きました。

舞台は暗めなので、ISO1600でSSを稼ぎ連写でぱちぱち。一生懸命合奏、合唱、プリキュアのお踊り、白雪姫のお芝居を精一杯頑張る姿にちょっと感動。久々に鳥さん以外に写欲がわいたことでした。

写真はブログではお見せできませんが、プリキュアのダンスでジャンプしたとことかもバッチリ!ISO1600でも綺麗ですねぇ~。調子に乗って連写で撮ったもんだから8GBのSDカードをスロット1,2の両方に入れてたけど、いつのまにか2枚目にいっちゃってました!

膨大な写真の量から気に入ったのを50枚弱選んで妹に渡しました。

シャッターを押している時も感動して涙腺うるうるweepしちゃいましたが、写真の整理していると、姪の精一杯頑張る姿がそこにあって、また感動が新たにこみあげてきました。crying

この子の成長がmhkの腎がん後の月日の積み重なりでもあるのですよね。

乳がんになってがっかりですが、担当の外科医の対応には不信感shockもあって、疑心暗鬼gawkになることもありますが、腎がんと同様乗り越えていきたいものです。good

2012年1月24日 (火)

久しぶりの冬の誕生日!

今日はmhkの○○歳の誕生日。ま、JICAの2009年派遣のシニアボランティアなので、20代、30代ではないことは明らかですがね。gawk

ブラジルに2年いた時は真夏の誕生日でしたから、久しぶりに冬に過ごす誕生日です。

日本に一時帰国中で、久しぶりに家族と過ごす誕生日でもありました。今日は両親と妹一家(妹、妹の旦那さん、姪2人)と一緒にイタリア料理のお店でお食事しました。

姪は上は小学4年生、下は6歳で来年小学校入学です。

下の子は、mhkが腎がんの手術で入院した同じ病院で生まれました。しかも、mhkの右腎摘出術の手術日のちょうど1週間後に姪が生まれ、mhkと妹は同じ病棟に入院していました。

だから、この子が6歳になったということは、mhkの腎摘出術から丸6年経ったってことなんですよ。

姪と妹から心のこもったハンドメイドのプレゼントをいただきました。まずは、下の姪の作ったキーホルダーと飾り。↓
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腎摘出術時に生まれた子がこんなものを作れるようになったんですねぇ~。感慨深いです。

次は上の姪作。キーホルダーの絵はかなり手のこんだものですね。消しゴムで作った判子はmhkが鳥好きだから鳥にしてくれたんですねぇ~。

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これが、妹が作ってくれたストラップ。昔から手先が器用な妹です。色遣いのセンスは昔からいいんですよねぇ~。

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お料理はおいしかったです。これは前菜↓

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スープはミネストローネでした。おいしかった!写真撮り忘れました・・・。

スパゲッティはシシトウとベーコンのペペロンチーノ

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メインはお魚料理でした。↓

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デザートは、生チョコのケーキ!

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ハッピーバースデーの歌の後切り分けてもらい、バニラアイスクリームと一緒に!↓

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ちなみに、写真は全て、修理上がりのキヤノンのPowerShot G11で撮影! 撮像素子にゴミが付着していたので、レンズキット一式交換してもらいました。メーカー保証は切れていたけど販売店の5年保証に入ってたので、その範囲で修理してもらったので無料!

2010年5月25日 (火)

母からのメール

一時帰国中、東京での用事を済ませて自宅の福岡で過ごしました。
うちの母は現在68歳。機械には疎いので、コンピュータはできません。

3年前までは携帯電話もずっと敬遠してましたが、公衆電話も少なくなってきたし、保育園に子供を預けて働いている妹が母が買い物中など家に不在の場合に連絡取りたい時に連絡がつかないといけない・・・と(最近は妹の子供も大きくなってきて突然病気で保育園から呼び出し!というのはめっきり減りましたが・・・。)mhkが協力隊の大連から戻ったすぐ後くらいから母が『年金もらえるようになったから携帯をお母さんも持とう!』と言い出し、一緒に付き合ってauショップに行って一緒に機種を選びました。mhkや父と家族割にしたり・・・などの手続きもね。

さて、それが3年前のこと。携帯電話を持ち出した母ですが、結局買い物に行く時は携帯を家に置いていくし、『携帯不携帯』であんまし意味なかった・・・。

でも、母の高校時代の友達はみんな携帯メールくらいはするのです。母はメールしません。母の友達の中の一人が同じauでした。なので、e-mailは契約してない母ですが、auの携帯間のcメールは使おうと思ったら使えるのです。・・・。それで、母のその友人はほかの友達にe-mailを出すときに、母にはc-mailを送るようになりました。で、一応来たメールは母も読めるようになりました。出せないけど・・・(まだ、来たときに気づかないと、読まないままほったらかし!の場合も多々ありますがね・・・。

さて、その母の友達が入院しました。入院しているとメールはできても電話はかけられないことも多いし、母はとうとうe-mailを始めることを決意したのです。

mhkが一時帰国をした時に、auから母宛に2012年7月に母が持つ携帯電話が使えなくなると通知が来ました。800MHz帯の周波数再編に伴う「CDMA 1X」などのサービス終了ってわけです。

あと2年はあるけど、その間には機械の調子も悪くなるかもしれないし、料金体系を新しいサービスにしたほうが通信料も安くなることがわかり、今のうちに変えちゃったら?機種変更もただにしてくれるって書いてあるし・・・・。

そう、私が提案して、一緒にauショップについて行って手続き完了。ついでにe-mailも始めることにしました。

新しい携帯電話になってマニュアル見ながら母は練習してました。mhkが一時帰国からブラジルに戻る前日まで、わからないことをいろいろ聞いてました。

ブラジルに戻る前に私のe-mailアドレスと妹のアドレスはとりあえず登録しておきました。アドレス帳からアドレスを選んでe-mailを出すという技ができるかどうかはわかりませんが・・・。まあ、ぼちぼち・・ね。

さて、ソロカーバのアパートに戻ったmhkはためしにパソコンから母の携帯アドレスにメールを送ってから、電話してみました。案の定気づいてなくてまだメール読んでなかったけど。

ま、そのうち友達とメールやり取りできるといいね・・・と思ってたら、今朝起きたら、母から返信がありました。おお、少しは進歩しています。

友達と自由に電話できるんなら携帯のメールを覚える必要もないけど、母の年代だと友達が入院ってことも珍しくなくなってきたわけです。なので、今後携帯メールは通信手段として必要になっていくようですね。

母のメールの本文:
タイトル: Re:到着ソロカーバ

本文:メール開きました。ソロカーバは寒いでしょうね。疲れをとって下さい

立派立派!68歳の手習い、なかなか順調のようです。

2009年9月25日 (金)

父の入院~脳出血~

用事がないと電話をかけない我が家の家族。久しぶりに一昨日の夜(日本時間だと24日朝)に電話したら母が取り込み中だったので、昨夜(日本時間で25日朝)母がから電話がきました。

8月に母が胆のう摘出術を受けて約1ヶ月前に無事退院、経過良好、投薬もなしと安心してたら、今度は母が退院して2週間後の9月6日(日)の夕方お風呂上りの父が髭をそろうとして右手が痺れたという出来事がありました。

お風呂から出て母がお風呂に入っている間に父は字を書いてみたりしたらしいのですが、やっぱり痺れていたとのこと。でも、症状が軽くなったので、『いいかな?』と思ったらしいのですが、お風呂からあがった母は『おかしいから絶対に病院(父が血圧のクスリをもらいに行っている病院)に電話かけてみて。』と言ったそうです。

日曜で院長は留守でしたが、電話をとった病院スタッフが手の痺れはおかしいから救急センターに行くように言ったそうです。それでタクシーで近くの大学病院へ向かったそうです。救命センターでCT撮影、脳出血の疑いあり、そして、専門の受入れ病院へ救急車へ向かうことになりました。救命センターでは父母を驚かせないようにと最初脳出血か出血の後かわからないといわれたそうですが、受入れ病院の脳外科に電話している声が支払いを終えた母の耳に聞こえたところ『71歳男性脳出血受入れお願いします。』ということだったそうです。

救急車に乗っている間も父はしゃべれるし、右手の痺れも軽かったそうです。

さて、脳外科に行った結果やはり脳出血と診断。入院となりました。ただもう既に出血したところに対する治療はなく、撮ったCTで脳の中に瘤が見つかったそうですが、それはたまたま見つかっただけで、経過観察でいいだろうという話でした。ある程度の年齢になるとかなりの確率で持っている人もいるらしいので。

リハビリも順調に終わり、箸も比較的違和感なく持てるようになったそうです。無事17日に退院したそうです。一時血圧が高くなったときもあったけど、薬を変えた影響かもということで、一日1回のクスリを2回にして、経過観察、今は血圧も安定しているそうです。

さて、父はお酒が好きで(といっても深酒するわけじゃないけど)、塩辛いものが好きで、薄味好みの私や母に比べて何でも塩をふりかける人です。私が腎がんで入院した時にいきなりタバコはやめたのですが、3年9ヶ月前まではずっとヘビースモーカーでした。

母が入院中は、ストッパーの母不在で毎日のビールの量も多かったようです。で、最近ちょっと友達との飲みごとも多かったとか。

今はほとんど右手の痺れもなくなっていますが、脳出血の場所が悪ければ麻痺が残ったということでしたからラッキーでした。痺れが起こって短時間で軽減してきたので、もしも母が入院中で父一人だったら病院に行ってなかったと父が言っているそうで、母の退院後の2週間で入院期間と重ならない時期だったことが本当に幸運でした。母が病院に電話するように主張したからこそ救急センターに行き、その日のうちに脳外科受診に至ったのでね。

退院後は、どんなに言っても塩分過剰摂取を改めなかった父が、『ゆで卵には塩をかけないでおこう・・・』と言ったり、気をつけているそうです。定期的な外来受診で経過観察できるし、一安心ですね。

入院した翌日に保証人のサインが必要で妹に電話したらすぐに妹が駆けつけてくれて、、mhkがブラジルへと出発する際に妹一家が近くにいてくれることが本当に心強かったのですが、渡航後2ヶ月の間に母も父も立て続けに入院となり、本当にありがたかったです。

妹は高校卒業後に札幌にある大学に進み、大学卒業後は青年海外協力隊でパラグアイに2年3ヶ月滞在、その後札幌の動物病院勤務、結婚後JICAの専門家、シニア海外ボランティアでホンジュラス、ウルグアイに派遣された旦那さんの随伴家族となって中南米へ。

妹の娘である両親の孫ともあまり会う機会がないと思っていたらウルグアイ帰国後に実家の近くに引っ越して妹夫婦も就職。

日本にいる間は京都で勤務していた4年間以外はずっと両親と同居していたmhkに比べてあまり実家に縁がないと思っていた妹でしたが、母の初めての手術、父の今回の入院(父は私が生まれた時に胃潰瘍で一度入院経験がありますが、それ以来の入院)にそばにいたのは妹だったのです。不思議だなぁと思うとともに、忙しい仕事の中で気にかけてくれた妹に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

mhkがブラジルで安心して活動できるのは家族の支えがあってこそだと思います。だからこそmhk自身も健康維持に努め、地球の裏側から2万km離れた家族の健康を祈っています。

2009年8月31日 (月)

母の検査結果~経過は良好~

今月、ポリープができた胆のう摘出術受けた母。組織検査結果が31日に出ると言ってたから連絡しようかなって思ってたら(サンパウロ州はただいま31日の朝ですが、日本はもう夜だからね)、朝起きたら父からメールが入ってました。

ポリープは悪性じゃなかったとのこと。一安心。ポリープが徐々に大きくなっていっていることから大事とってとったけど、内視鏡による手術で体力を失うこともなく、元気で体調良好とのことで、安心はしてましたが、ポリープも悪性じゃなかったそうなので、よかったです。happy02

家族から2万km離れたところにいても、比較的都会に住んでいると連絡取るのは簡単だけど、いざという時にすぐに駆けつけられないのが難点。離れている間互いに健康でいられるのが何よりです。

改めて元気でいてくれる家族に感謝です。お世話になった病院スタッフの方、日頃定期健診でお世話になっているクリニックの先生にも感謝です。(*^-^)

mhkのSorocabaでの生活も少しずつ軌道に乗っています。土曜はSorocaba市内のバスを利用するためのICカードを作りました。(普通の切符はすぐ買えるんだけど、カードは身分証を見せたり、申込書に記入したりしないといけません。)そして、市バスに初めて乗りました。バスに乗るくらいなんてことないんだけど、日本と違ってどこでも路線図が載っているわけでも、降りる時のバス停をアナウンスするなんてことも一切ないから、よく知らないとこのバスに乗るのは勇気が要ります・・・・。mhkの周囲の人は車で動く人がほとんどで、尋ねてもバス路線に関してはほとんど知らない人ばかり・・・『買い物があるんだったら車だしますよ・・・。』って親切に言ってくださるけど、自分で動ける範囲は広げておきたいからね・・・。
幸いsorocabaのバスの路線図が載っているサイトを見つけたので、自分が行きたいトコの路線を『予習』してからターミナルで運転士やターミナルの人に聞いて確認してから乗ってみました。

8月は巡回でSorocaba市の外に行ってることが多くて、あまり市内に慣れる時間がなかったので、早いトコ自分が住む街を知らないとねぇ~。coldsweats01

2009年8月23日 (日)

母からの電話~無事退院~

19日(水)から3泊4日で聖南西地区第一回目巡回第2コースに行っていました。昨日21日(金)に訪れた学校の先生が土曜にmhkの受入先のソロカバの学校に用事があったので、車に同乗させてもらって帰ってきました。

今日の午前中聖南西地区の作文コンクールがあり、試験監督に他校の先生が加わるようにお互いに先生が入れ替わるのです。たまたま金曜にmhkが巡回した学校の先生がソロカバの学校の試験監督だったのです。

プチ・ハプニングはあったものの先週に引き続き今週も3校の巡回を無事終えました。その件はまた今度。

午前9:00前にはソロカバの学校へ戻って、作文コンクールの添削まで終え、13:30に久しぶりにアパート着でした。

ちょっと一休みして、買い物に行き、夕食を作って、食べ終わった時に電話が鳴りました。九州の母でした。元気そうな声で『退院したよぉ~。』と。

mhkが巡回に出かけた19日の夜に妹がメールをくれていたのですが、メールには母の顔色も手術直後と変わって元気になって、尿カテとかもとれてスッキリしたみたいと書かれていたのですが、歩き回ることもできて、傷も良好だけど、OPE時、胃を傷つけたかも????と2日目も絶食させられて、ずーっと点滴させられてたとあったので、少し心配してました。

回復が順調なのは確かのようだけど・・・と思ってたので、そろそろ父に電話しようかなぁ~と思った矢先に電話が鳴ったのです。

もう日本時間の22日(土)に退院したということでした。母が電話してきたのは日本時間の23日(日)の朝というわけです。こっちはまだ土曜の夜だけどね。妹のメールに書いてあったOPE中に胃を傷つけたかも・・・という件は、電気メスの先が胃に触れたかも?ってことだったのですが、食事を取るようになった後も胃もたれなど調子の悪いこともまったくなく元気だそうで、問題なかったみたいです。

よかったです。安心しました。妹の娘(mhkの姪)二人がばあちゃんに絵を描いてくれたそうで、『とっても嬉しかった!』と話していました。

組織検査は2週間ほどかかるそうで、31日に外来診察だそうです。よかったよかった!

mhkも聖南西地区の担当校11校のうち6校の第一回目の巡回を終えることができて、各学校の文協の役員さん達にもお会いできました。プチ・トラブルはあるものの、人間関係に困るようなことは発生してないし、とてものびのび活動していま~す。happy02

因みに、シニアボランティアのmhkですと自己紹介すると『シニア・・・・っていくつ(年齢)からですか?』と聞かれます・・・。前任者が60代の方で、mhkの担当地区の歴代のシニアボランティアも、あんまりシニアボランティア対象年齢成り立てって人がいなかったようです。mhkと同じ2009年派遣のブラジル派遣の日本語教育のシニアボランティア5名のうち4名がmhkと近い年齢なんですけどね・・。

mhkの年齢の近いシニアボランティア同士で『ぺーぺーシニア、プリシニア』なんて勝手によんでたけど、21日(金)に巡回した学校で会食した際に『ひよこシニアchick』と命名されました。鳥好きのmhkは結構このネーミング気に入っちゃいました。heart04

母も術後元気いっぱいだし、mhkも心置きなく担当地区で暴れることにしましょ~。

プチ・トラブルを簡単に紹介:

  • JICA事務所で作ってもらったブラジルの銀行口座で小切手が使えない(家賃払う時に必要)
  • 巡回中に乗った高速バスがパンクして、40分以上停車
  • 今日巡回先から戻ったら停電。(前触れもなく突然、管理人さんに聞いたらこの周辺一帯って。いつまで?って聞いたら『わからない』って言ってたので突発的な停電だったみたい。1時間くらいで復旧したけどね。(← ブラジルでは珍しくない。サンパウロ市のホテルでも一度停電したもんね。その時は工事だったから予告があったけど、でも、信号機も全部停電だったから街を歩くの怖かったな・・・・。)

高速バスのパンクは高速道路や、山道に入る前だったからよかったです・・・。wobblysweat01小切手の件はまだ解決してないけど、JICA事務所が銀行にお願いしてくださったので、来週には使えると思うんだけど・・・ね、。

ま、総括すると、全て順調なのです。出会う人出会う人が素敵な人たちなので、ありがたいです。happy02

2009年8月18日 (火)

無事母の手術終了

日本時間の8月18日(火)朝に、母の胆のう摘出術が行われました。病院にいる父の携帯に連絡したところ、無事に1時間前(日本時間で18(火)12:00頃に終わったとのこと。

母はもう目が覚めているそうです。ほっとしました。先週の巡回2泊3日の疲れがちょっとあったのですが、母の手術のことがあったので、気がずっと重かったのですが、ちょっと気持ちが軽くなりました。

母はmhkも風邪引いた時にお世話になっている近所のクリニックで定期的に健診を受けています。mhkが風邪引いた時に既往症の腎癌のことを先生にお話したことがありました。その時、腎癌が見つかった経緯も説明したのですが(詳しくはコチラ)、健診に行ったあるクリニック(そこのクリニックとは別の病院)でmhkが申し込んでない検査項目の腹部エコー検査を受付が勝手に追加したおかげで腎がん発覚に至ったことも話しました。

その直後に健診に行った母に先生が『腹部エコーの検査したことなかったよね。』と言い出し(私達が母子ということは先生もご存知。よく一緒にインフルエンザのワクチン打ちに行ってたしね)たのです。家族に癌になった者がいると知り、あわてたのかな?

母は初めてのエコー検査で肝臓に血腫が見つかり精密検査をしたところ異常なしでした。でも、その後、定期的にするようになったエコー検査で胆のうにポリープが見つかり、経過を見ていたのですが、少しずつ大きくなってきて、今回手術するに至りました。

mhkの腎がん発覚は偶然の間違いの腹部エコー検査から導かれ、そのことを知った先生が、今までしていなかった腹部エコー検査を母にしてくれて、胆のうのポリープが見つかりました。

この巡り合せ・・・不思議な縁を感じますmhk達母子を何かが導いてくれているような気がしてなりません。病気は初期で見つかるに越したことはないのですが、じゃあ、どの程度の健診を受けるべきか?って健康な時にはなかなか判断がつかないので、放っておきがちなのですが、mhk達母子は、なんかいいタイミングで健診を受けることができたようですね。

母の執刀医をはじめとした医療スタッフの皆様、ありがとうございました。手術中待っていた父もほっとしたことでしょう。母にもお疲れ様と言ってあげたいです。地球の裏側から家族の幸せを心から願っています。confident

2009年8月17日 (月)

母の入院

今、mhkはブラジル サンパウロ州 ソロカバ市にいます。先週水~金曜で2泊3日に聖南西地区の担当の日本語学校3校を巡回してきました。初巡回です。

日本にいる家族は両親と妹一家。これまでうちの家族で手術したのはmhkが2回と妹が4回。両親はmhkと妹の手術の時、手術室の外で待っていたのです。娘2人が入院、手術した経験があるのですが、両親は手術したことはありませんでした。(父はmhkが生まれた当時、胃潰瘍で入院したことはあるのですが、手術はしませんでした)

母が健診で胆のうにポリープがあり、そのサイズがちょっと気にかかる程度まで大きくなりつつあるとのこと。そのサイズは、まだNGというわけではないのですが(様子見でいい程度らしい)、大きくなっていっているのが医師によれば気にかかるとのこと。で、胆のうのポリープは悪性のことが多く、医師は『自分の家族なら切ってとることを勧める』といわれたそうです。

で、母は切ることを決断。

日本時間の8月17日(月)の午前中に入院、18日(火)に手術予定。腹腔鏡下の手術で体力を失うような手術ではなく、入院も予定では5日くらいの予定。mhkが右腎摘出時は腹腔鏡補助下の手術で11日入院した程度で済んだことを思うと、比較的軽い手術。

とはいっても、自分が手術の時より家族の手術って気にかかりますね。せめて、日本にいて、父と一緒に手術室の前で待っていられたらよかったのですけど、地球の裏側から祈るしかありません。

今頃日本では手術前日の夜です。母は病院で、父は家で、それぞれの思いの中過ごしていることでしょう。どうか無事に済みますように。あと少ししたら父に電話してみよう。妹が手術の後、仕事先から寄ってくれるとのこと。近くに住んでいてくれて、ありがたいです。

自分が手術受ける時より家族の手術のほうが、ずっと不安です。両親はmhkの手術の時辛かったんだなと、改めてすまない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいになります。

2009年1月25日 (日)

雪は天から送られた手紙である~心に響かせ一歩一歩!~

昨日はmhkの誕生日でした。天才バカボンのパパより1つ年上になりました。

mhkの誕生日はよく雪が降ります。きっと天から送られてくるバースデーカードなのだと思います。学生時代から尊敬する物理学者であり随筆家の中谷宇吉郎博士の有名な言葉

雪は天から送られた手紙である。

好きな言葉です。静かに心に響きます。

ここ九州でもこの週末、雪がずいぶん降りました。それだけ冷え込んだのです。タミフルが効かない、予防接種が効かないインフルエンザの流行も耳に入ってきます。

2/3は東京でJICA日系社会シニア・ボランティアの二次選考です。インフルエンザも風邪も絶対にかかるわけにはいきません。癌になって初めての長期ボランティアの二次選考、難しいかもしれないけど、体調不良で悔いを残すことだけはしたくないのです。

明日から会社です。手洗い、うがい、マスク着用徹底し、絶対に今の健康体を維持しなければ!

天才バカボンのパパより1つお姉さんになったmhkも『それでいいのだぁ~』って言いながら二次選考を終えたいからね。

勝負は時の運。でも、悔いないようにベストを尽くさないと!

週末の誕生日、生んでくれた両親への感謝の気持ちを噛みしめながら、静かに過ごしました。

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