3月20日はいろんなことがありましたね ~近くの河原でカワセミ君と~
今日はお彼岸のお中日。今年のお彼岸を日本で過ごすとは思ってもみませんでした。去年の11月頃に右胸に硬い1cm弱のしこりに気付いたけど、乳腺症だろう~と念のために1月からの一時帰国時に乳がん検診に行ったら、見事にビンゴ(30代に腎がん、今回40代で二度目のガンの乳がん・・・)治療のために日本滞在を延長しました。
7年前の今日、福岡県西方沖地震がありました。2005年3月20日、この日は日曜で、母とmhkは家におりました。台所にいた母に「火は大丈夫?」と声をかけながら台所に行こうと、自分の部屋のふすまを開けたところ(台所にはmhkの隣の部屋を通らないと行けません)、隣の部屋の箪笥の上に置いてあった箱やクーラーボックスが上から降ってきて、とっさに危ない!と、開けたふすまを締めて自分の部屋に戻りました。
幸いmhkは降ってきたクーラーボックスや箱に当たらずに済みました。母も、台所でガスを消して元栓を閉め、火にかけていた鍋を床に下して、観音開きの食器棚をおさえて、無事でした。
父は散歩中で、道路を渡ったところで地震がきたそうで、直後に家の電話に携帯から連絡してきました。直後はまだ携帯つかえたんですよね。
我が家は家族全員怪我もなく無事でした。政令都市が被害の範囲ではありますが、震源が西方沖だったので、マグニチュード7だったわりには被害は少なかったです。津波も発生しませんでした。でも、地震空白域での地震で、両親でさえ体験したことのない福岡での地震でしたからショックを受けたことも事実でした。揺れている間は本当に恐怖を感じたので、もっとひどい地震を体験された方は、本当に怖かったことと思います。
1995年1月17日に阪神淡路大震災の時は、mhkは京都にいて、あの揺れを体験しました。マンションに一人住まいだったので、早朝揺れた時にはびっくりして目を覚ましたのですが、揺れが収まったら、その後もう一度寝てしまいました。朝はいつもどおり会社に出勤して、近畿一帯で大変なことが起こったことを知ったのは、兵庫県在住の同僚が会社に来られないこと、全ての課の課長の最優先業務が、自分の部下の安否確認であることを知らされてからでした。その日は15:00には家に帰るように会社から言われました。
同じ年の3月20日は地下鉄サリン事件が起こりました。この年の秋にmhk自身、故郷にUターンして、転職することを決めることになり、いろんな出来事があった年でもありましたが、安全と思われていた日本でテロ行為があったのですから、遠く離れた京都にいてもショッキングな出来事でした。
3月20日というと、いろいろ考えさせられる日でもありますが、今年は再び癌という病気に遭遇して現在治療中です。早期発見でしたから、病気発覚の時に体の不調があったわけでもなく、手術の時にちょこっと痛かった程度で済んでいます。放射線治療が19日間おわって、X線照射した右胸は日焼けしたような感じですが、痛みがともなうわけでもないです。
気が張っていたせいか、ちょっと心も疲れが出てきたかな?と思いますが、何とか元気です。今日は雨が降らなかったので、近くの河に散策に行ってきました。デジスコ抱えて。
カワセミ仲間にお会いしましたよ。一眼で600mmのレンズの装備の方でした。
今日は、カワセミさんに会えました。一時帰国中にカワセミさんには結構会えたのですが、機材もっていた時に会ったのは久しぶりですねぇ~。
もっと、背景が綺麗なとこだったらよかったんですけどね。でも、ま、綺麗なカワちゃんをデジスコでgetできたので、よしとしましょう。放射線治療もあと6回です。無事に大連に戻って職場復帰するからね!!



































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