ブラジルに来て2年になろうとしている。2年経ったら帰国。あと2ヶ月。ブラジルに来ていろんな出会いがあったけど、どうしても好きになれなかったものがある。
もともと嫌いだったけどカラオケ、ブラジルに来てその嫌い度がさらにアップした・・・というかワースト10の中に確実に入るくらい嫌悪するものとなってしまった。
音楽は好き。子供の頃ピアノを習っていて、その時に教わった先生の音楽に対する姿勢をとても尊敬していて子供心に憧れたものね。
その先生がおっしゃっていて。音を楽しむと書いて音楽と言う。音楽のある人生は素晴らしいと。そのとおり。mhkは静かなピアノのソロの曲が好き。リストのコンソレーションとか、ショパンのノクターンとか。
子供の頃から嫌いなのが演歌。聴いていると吐き気がする。こぶしの入った歌声は・・・・聞くに堪えない・・・無理!家のテレビで演歌が流れると子供の頃から自分の部屋に引っ込んでしまったくらい。今もそう。嫌い。好きになれない。そういうわけで、カラオケは嫌い。会社員やってた時に二次会でカラオケに付き合ったことはあるけど、あくまで付き合い、好きではない。つまり、会社の付き合いでないなら普通は自分のお金を出してまで行きたくないわけ。
何がイヤって、カラオケボックスってうるさいのがいや、あと大抵閉空間で換気悪くて、空気が悪い。空気の悪いトコダメなんだよね。
でも、カラオケ好きな人が勝手に閉空間で歌いまくっているなら、それはお好きにどうぞ。こっちはその空間に入りたくないだけなのだから、音が漏れないトコでやってもらう分にはどうぞご勝手にという心境。
と・こ・ろ・が・・・・・ブラジルという国には『防音』という概念がない。住んでいるアパートの近くにダンスホールが2箇所あるけど、がんがん響きっぱなし。アパートの6階にあるmhkの部屋から50mは離れたダンスホールの音楽がなると寝室の窓ガラスが振動するくらい大音量。これが週末は夜中の2時・・・時に夜明けまで続く・・・暴力以外のなにものでもない。
だから、カラオケもそうなのだ。日本語学校は日系人団体の中にあり(組織的にも物理的な位置関係も)、カラオケ部も同様。練習する建物は日本語学校と同じ建物。本当~にうるさい。防音だなんてポーズだけ・・・。なんか壁に防音用のワタのようなものを埋め込んだそうだがガンガン響く。mhkの大っ嫌いな演歌が。
そして、日系人のカラオケって、なぜかスピーカー大音量・・・それも音がわれるほどの大音量・・・音がわれている時は歌詞がわからないほど・・・練習で大音量の必要あるのか?と思うが、そもそも音がわれていたら歌は綺麗にきこえないぞ!!音楽は美しいもの、カラオケが好きな人って音楽がすきじゃないのか?こうなるともはや音楽じゃなくて騒音、公害である。
高校の時に教わったJ.S.ミルの『自由論』では、人々は彼らの望む行為が他者に危害を加えない限りにおいて、好きなだけ従事できるように自由であるべきだと述べている。、彼が言う自由とは世論(世間)からの個人の自由である。
つまり「個人が自分自身だけに関することをどのようにしようとも自由だということだが、人に迷惑をかけないかぎりという条件がつく。
ブラジル社会には自由に楽しむ陽気さがあって、それはいいことだと思う。但し、人に迷惑をかけない自由であってほしいと思う。
防音をしないままのカラオケは多いに迷惑であり、騒音、公害、暴力に過ぎない。日本発の文化であるが、こんな形になって伝わっていることは残念というほかない。
言語教育の場では、先生の日本語を生徒に聞かせる、先生は生徒の発話を注意深く聞く必要がある、そういう場と、防音をする気がないカラオケとは共存できないと思う。
カラオケはもともとブラジルに来る前から嫌いだったが、日本では嫌いなら近づかずに済むものであった。そういう自由があった。でも、防音という概念がないブラジルでは日本語学校という職場にいるにもかかわらず身近にカラオケが存在し、カラオケの大音量に迷惑をかけられている。
ブラジルの人に覚えてほしいっ『人に迷惑をかけない自由』を。
2年間こういう環境の仕事場にいたので、現在カラオケというフレーズを聴いただけで凶暴な気持ちになるmhkである。帰国してもカラオケというフレーズを聞いて凶暴な気持ちにならない自信はない。カラオケに誘ってきたら噛み付くかもしれないよ。ホントにもう!!!!
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